中国の内部分裂とCIA の終わりの始まり(前)

国際未来科学研究所
代表 浜田和幸

米国の圧力と日本の防衛費増額

イメージ    このところアメリカの軍事専門家の間では「台湾有事が間近に迫っている」といった類の観測が専らのようです。そうした緊急事態に備えるためにも、アメリカから日本に対して「防衛費の増額」や「アメリカ製最新兵器の購入」を求める圧力が強まる一方となっています。

 6月にカナダで開催されるG7サミットの場を利用し、トランプ大統領との首脳会談を重ねる意向を示している石破首相も「インド太平洋地域では安全保障上の危険度が高まっているため、日米が共同対処する必要性も強まっている」との認識を明らかにしています。

 要は、防衛費を大幅に増額し、アメリカ製の兵器をもっとたくさん買い入れ、対中抑止力を高めよという要求に前向きに応じようというわけです。当然ですが、アメリカの軍需産業にとっては「おいしい話」に他なりません。何しろ「戦争ほど儲かるビジネスはない」というのが彼らの発想法ですから。

 しかも、トランプ大統領が相次いで打ち出している「関税政策」は同盟国、敵対国を問わず悪評だらけですが、日本は対米投資額で抜きんでていることを交渉材料に、日本に関しては例外扱いにすべきと訴えているわけです。言い換えれば、「アメリカの軍需物資を今後も大量購入する見返りに、日本への高関税は回避させたい」との石破政権の思惑が見て取れます。

軍需産業と“見返り”外交

 ウクライナ戦争を見ても、アメリカ主導のNATO軍が提供する武器や情報によってゼレンスキー大統領はロシアとの戦いを持ち堪えているに過ぎません。これらの兵器はアメリカやイギリスの政府が軍需産業から購入し、ウクライナに渡しているわけで、欧米の軍需産業は戦争が続く限り、ウハウハ状態が続くわけです。

 さて、日本にとってはウクライナより身近な台湾情勢が気になるところでしょう。問題は、「中国に台湾を軍事的に掌握する力があるかどうか」という点に尽きます。最大の課題は中国の人民解放軍の幹部と習近平国家主席との関係が、このところギクシャクしてきたことです。習近平体制が異例の3期目に入るころから、外相や国防相、加えてロケット軍の司令官らが相次いで粛清され始めています。

中国軍の腐敗と台湾有事の現実性

 台湾への攻撃があるとすれば、先ずはロケット・ミサイルによる先制攻撃が行われるはずです。ところが、その精度が極めて怪しいとの指摘が相次いでいます。2022年8月、アメリカのペロシ下院議長が台湾を訪問したことへの抗議の意思表示のため、中国軍は9発のミサイルを発射しました。しかし、そのうちの5発が日本の排他的経済水域内に落下したのです。これほど不名誉な大失態はありません。中国製ミサイルの品質と精度の悪さが世界に明らかになった瞬間でした。

 その背景には、ロケット軍内の汚職問題があった模様です。共産党の装備発展部の幹部らと裏で手を結び、ロケット軍の司令官らが予算の中抜きで私腹を肥やしており、その影響でミサイルはじめ多くの精密誘導兵器の性能が劣化することになったと思われます。

ロケット軍粛清と軍内対立の深刻化

 実は、軍幹部の間で不正蓄財が深刻化している模様です。そのため、習近平国家主席の怒りを買い、2023年以降、人民解放軍の高級幹部の9人がクビを切られたのも当然の成り行きかも知れません。そのうち5名はロケット軍の高級将校でした。

 そうした習近平主席による綱紀粛正の大ナタは、人民解放軍の内部に「反習近平勢力」を生んでいる可能性があります。そのせいでしょうが、習主席は湖南省時代からの親しい陸軍の将軍を重用し、軍への締め付けを強化し始めたわけです。しかし、結果的には陸軍と海軍の対立を生むことになり、現状ではロケット軍にしても、上陸作戦に欠かせない海軍との連携に支障が生じてしまっているようです。

変わる台湾政策と消えたスローガン

 これでは台湾への軍事侵攻は「絵に描いた餅」といっても過言ではありません。毎年恒例の習近平国家主席による新年の演説ですが、今年は意外な変化がありました。日本ではまったく話題になりませんでしたが、現状の中国の台湾への姿勢を反映しているに違いありません。

 何かといえば、「中華民族の偉大な復興」というお決まりの表現が消えたことです。これまでは、「できる、できない」に関係なく、はたまた軍事力を「行使する、しない」に関わらず「台湾統一を成し遂げ、中国の偉大な祖国復興を成し遂げる」と気合を入れていました。そのお題目が欠落しているのはよほどのことで、内部の統制が効かなくなっているものと推察されます。

 これでは軍事的に見ても、また内部抗争という政治的側面から判断しても、習近平体制下での台湾統一の可能性は極めて低いものと言わざるを得ません。アメリカのトランプ大統領はCIAの中国分析チームを総動員して、習近平政権の内部対立の動きをつかみ、あわよくば内部崩壊への道筋をつけようとしています。「近く習近平主席と直に会いたい」と秋波を送っていますが、その裏では「習近平体制の終わりの始まり」を冷静に分析しようとしているに違いありません。

CIAの分析力低下と情報戦の綻び

 問題は、アメリカによる中国分析の要と位置付けられているCIAの中国チームで人材流出が止まらないことです。トランプ大統領の歓心を買い、「政府効率化省(DOGE)」を立ち上げ、政府機関の統廃合と予算の大幅カットを追求したイーロン・マスク氏の作戦ミスに他なりません。なぜなら、人員削減の影響を受け、多くの中国専門家がCIAを去ったからです。これではトランプ大統領が求める情勢分析は難しいと思われます。

 実は、CIAでは中国専門家に限らず、ロシアやイランに詳しい研究者も職を失ってしまいました。アメリカの『ワシントン・ポスト』紙によれば、海外で情報収集や分析に当たる、いわゆる「スパイ」要員も激減しているとのこと。CIAのマイケル・エリス副長官も「事態は深刻化している」と危機感を露にしているほどです。しかも、CIAに限らず、国家安全保障局(NSA)でも大規模なリストラが進行しています。

(つづく)


浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。

(後)

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