【特集】福間病院──精神科医療の先駆けだった病院に何が起きているのか(2)

経営のパラドックス 利益が相反する2つの法人

 まず、福間病院を運営する(医)恵愛会の業績や財務内容を見ていこう。

 医療法人は「非営利」とされ、株主への配当が存在しないとはいえ、業績が向上しなければ設備投資を含めたサービスの改善は図れず、職員の雇用を維持することも難しくなる。利益を上げ続けなければ存続できない点では、株式会社などと本質的に変わりはない。実際、年間400億円を超える売上高と数十億円の利益を計上する社会医療法人財団・池友会(福岡和白病院などを運営)のような事例もある。それでは恵愛会の経営状況はどうなっているのだろうか。

 別表の業績推移を参照してほしい。2025年3月期はまだ未確定のため24年3月期までの数値である。事業収益は企業の売上高に、事業利益は営業利益に相当する。恵愛会は18年から23年まで6期連続の営業赤字であり、18年から22年までの5期連続で経常赤字、そして当期赤字を計上している。売上高はコロナ禍を経ても36~37億円の水準をキープしているが、コロナ禍以前の18年時点からすでに採算が合わない状態にあったことが見て取れる。こうした状況では、抜本的な経営改革が必須となる。赤字経営が継続し、債務超過に陥れば、法人自体の存続が困難となる。売上高を増加させるか、現状を維持しつつもコスト削減、すなわちリストラに取り組まざるを得ないのは、企業も医療法人も同様だ。恵愛会の場合、関連法人として(株)緑風会が存在しており、この二社の関係が経営上の課題を生じさせているとの指摘がある。

 医療法人は前述の通り「非営利」だが、その医療法人に物品を納入したり、土地や建物を貸して賃料を受け取ったりするオーナー一族の会社が存在することがある。これらは医療法人を主な取引先としており、オーナー一族との関連性を持つ場合が少なくない。恵愛会にとっては、それが(有)サンシヤインと(株)緑風会という2つの会社だった。サンシヤインは病院内の売店で販売する物品購入事務の手数料や、給食材料仕入れ事務の手数料などが主な収入源である。一方、緑風会は病棟の地代家賃や敷地内の植栽費用などを主な収入源としている。この二社は25年3月に合併され、(株)緑風会が存続会社となった。合併公告に基づく緑風会の要約貸借対照表は別表の通りである。

 恵愛会と緑風会を比較すると、緑風会の株主資本(純資産)の規模が際立っている。恵愛会の純資産は資本金がないため、ほぼ利益剰余金で構成され、積み上げた利益は約7億8,000万円である。一方、緑風会の利益剰余金は25億円超に達し、自己株式を差し引いても株主資本は20億円を超えている。財務面では恵愛会よりも緑風会の方にはるかに余裕がある。問題となるのは、この緑風会の収益が基本的に恵愛会に依存し、利害が対立する関係にあることだ。恵愛会からすれば、緑風会への物販や地代家賃などの支払いが減れば利益が増加し、逆に支払いが増えれば利益が減少する仕組みだ。恵愛会が潤沢な利益を上げているならば大きな問題ではないが、長期間にわたり赤字が続いている現状では、これは経営上の重要な課題となり得る。そして、その経営状態に大きな影響を与える要素の1つが、緑風会への賃料支払いなのである。

賃料問題が内紛の引き金に

 病院本体の建物は恵愛会が所有しているが、福間病院や駐車場の土地、管理棟などの建物は緑風会の所有となっている。これらが要約貸借対照表に記載されている固定資産17億円に含まれるとみられる。

 当社が関係者から提供を受けた資料によると、緑風会に対する恵愛会の賃料は、22年3月1日時点で月額2,851万円、年間に換算すると3億4,200万円を超える水準だった。22年3月期までの赤字経営の最大の要因は、この高額な賃料負担にあったとされる。資料には、新型コロナ禍による患者の受診控えなどの影響で福間病院の収入が激減し、恵愛会が賃料支払い困難に陥ったため、緑風会に賃料の減額を申し入れた旨が記載されている。ただし、実際には売上高自体は大きく減少しておらず、その真相は定かではない。いずれにしても、国税庁通達に基づく一時的な賃料減額措置を根拠として、コロナ禍収束まで年額9,757万円に減額することで合意した。

 この年間2億4,000万円あまりにおよぶ賃料減額こそが、恵愛会が23年3月期に黒字転換をはたし、24年3月期にも黒字経営を維持できた最大の要因である。

 しかし、新型コロナが収束へと向かい、23年5月に感染症法上の分類が2類相当から5類へ変更されると、国税庁通達による一時的な減額措置の適用は打ち切られた。これを契機に緑風会は、24年4月以降の賃料を元の水準に戻すと恵愛会に通告。この措置が新たな対立の火種となった。

 一方、恵愛会は病院経営がすぐには回復しないとして、コロナ禍時に減額された賃料水準の維持を申し入れた。交渉の結果、不動産鑑定価格に基づく賃料であれば解決の見込みがあるとして恵愛会は裁判所に調停を申し立てた。そして、24年9月に月額1,894万円(年額約2億2,700万円)で合意が成立。この合意を基に、24年4月以降は新賃料が適用され、25年3月期の決算に反映されることになった。

 表面的には恵愛会と緑風会が歩み寄り妥協点を見いだしたかのように映る。しかし、現場の職員たちの反応は冷ややかだ。一部職員からは、この合意は必ずしも対等な交渉結果ではないという見方も出ている。その背景には「福間病院」に根付いた不健全かつ歪な統治体制の問題がある。この問題を真に理解するには、約13年前に生じた内紛までさかのぼる必要がある。

お家騒動で生まれた歪な組織体制

 06年7月、福間病院の創設者である佐々木勇之進氏が81歳で亡くなった。後継として病院を引き継いだのは長男の佐々木裕光氏だった。裕光氏は医師であり、理事長と院長を兼務し、文字通り病院経営の要となった。

 しかし約13年前、お家騒動が勃発した。当時を知る複数の関係者によれば、「騒動のきっかけは裕光氏の家族側が新法人の設立を計画し、それが既存法人のサンシヤインや緑風会の利益と競合する懸念が生じたことだった」とされる。これに対し、母の佐々木好子専務理事と姉の伊藤雅子常務理事が強く反発し、結果的に裕光氏が恵愛会を去ることになった。その後、裕光氏は福岡市内で新たにクリニックを開業している。

 この騒動を機に成立したのが現在の組織体制であり、当時から理事や評議員の顔ぶれはほぼ変わっていない。いわば裕光氏への対抗措置のために編成されたメンバーが、その後の病院経営を引き継ぐかたちになったのだという。その結果、複数の病院関係者から「理事に弁護士2名、評議員に弁護士1名が含まれている一方で、医療法や医療経済の専門家が不足していることに不安がある」という声が上がっている。

 取材を進めるなかで、医療法人財団の意思決定構造そのものに潜在的な問題があるのではないかとの疑問も生じた。財団法人は社団法人と異なり、株主に相当する明確な構成員が存在せず、基本的に寄付を原資として設立される。最高意思決定機関である理事会のメンバーは評議員会によって選ばれ、逆に評議員は理事会からの推薦で選ばれる仕組みとなっている。このように双方が互いを決定する権限をもつため、主導権をどちらが先に握るかによって組織全体の方向性が固定化されるという構造的矛盾が生じている。

 恵愛会の場合、寄付の主体である佐々木一族(オーナー家)が、理事や評議員の選出過程を通じて絶大な影響力をもっている。このような体制では、自分たちの意向に反する人材が組織内で地位を得ることが難しくなり、必然的に組織内のチェック機能が失われることになる。

 再び恵愛会と緑風会の関係を整理すると、恵愛会の理事長は西村医師が務める一方、緑風会の代表は佐々木家の1人である伊藤雅子常務理事(旧・サンシヤインも同様)が務めている。本来であれば、理事長である西村氏が適切な権限をもち、法人間の利害を調整し公平な交渉を行うことが望まれる。しかし職員らの証言によると、理事長・西村氏には本来の職務上の権限が十分に与えられておらず、交渉も形式的なものになっていると推測される。つまり、その背景には、恵愛会内で強力な影響力をもつ佐々木家の存在があるのではないか。さらに病院の歴史や騒動の経緯を踏まえると、恵愛会における真の権力者が佐々木家であることは明らかであり、佐々木一族に権限が集中しているとの疑念が浮かび上がってくる。そして取材を通じて明らかになったのは、医療現場の実態を理解しない統治者が実質的に権限を握り、その結果、職員たちが現場で混乱や不満を抱えている状況だった。

(つづく)

【特別取材班】

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