自公与党は7月20日投開票の参院選で惨敗し、衆院に続いて参院でも過半数を失った。石破茂首相は投開票日の夜に早々と続投を表明。自民党内ではあちこちで「石破おろし」が火を吹いている。
石破首相は7月23日に麻生太郎、菅義偉、岸田文雄の元首相3人と会談して続投へ理解を求めたが、麻生・岸田両氏からは面と向かって退陣を促された。石破包囲網はどんどん狭まり、毎日新聞は「退陣へ」と速報を打ち、読売新聞は号外まで出した。
それでも石破首相は記者団に対し、元首相との会談で「出処進退の話は一切なかった」と大見えを切り、退陣報道を全面否定してみせた。
一方、野党支持層からは「石破辞めるな」の声が相次ぎ、官邸前では石破首相を激励するデモが発生。石破首相が退陣すれば、極右の高市早苗政権や新自由主義の小泉進次郎政権が誕生しかねず、石破首相に踏みとどまってほしいというわけだ。
自民党内の大勢が首相退陣を迫り、野党支持層は首相続投を求めるという前代未聞の奇妙なねじれが日本政界に生じている。
いったい、どうなっているのか。
結論から言えば、石破首相は8月中に退陣表明に追い込まれるだろう。仮に自民党内の石破おろしを封じたとしても、立憲、維新、国民の野党3党は参院選で示された民意を無視できず、少なくとも石破首相が交代しない限り自公政権には協力できないという姿勢を強めている。
衆参両院で与党が過半数を割っている以上、10月召集予定の臨時国会に石破政権のまま突入しても、補正予算案や法案を成立させることができない。すでに石破政権は詰んでいる。
とはいえ、秋の臨時国会まで居座ることはできる。1日でも長く首相の座にとどまりたい石破首相の意向を受け、自民党内の退陣要求をかわしながら退陣表明を8月末まで先送りするのが、森山裕幹事長の最後の務めなのだろう。
自民党内では、国会議員と都道府県連代表の過半数の賛成による「総裁選前倒し」(総裁リコール)を実現する動きが強まっている。森山幹事長はこれに対抗して、参院選惨敗の原因を総括する「参院選総括委員会」を発足させ、8月中に結論を得ると表明した。28日の両院議員懇談会では、この結論を出した時点で幹事長を辞任する意向も示唆した。
森山幹事長が辞任すれば、沈みゆく石破政権の幹事長を引き受ける有力者は現れないだろう。石破首相は新執行部をつくれず、そこで万事休す。森山幹事長としては、8月末の首相退陣の流れをにじませることで、党内の反発を鎮めたい考えだ。
参院選総括に「党再建の第一歩として、総裁選を前倒しして9月に実施する」という内容を盛り込み、石破首相は不出馬を表明するというシナリオが有力だ。
そこから自民党総裁選に突入し、新総裁が選出される。各陣営は同時並行で、立憲、維新、国民の野党3党と個別に連立交渉に入り(参政党は衆院で3議席しかなく、当面は連立交渉の枠外だろう)、連立入りまでいかなくても少なくとも政権運営に協力を取り付ける必要がある。そのメドがたった後に臨時国会が開幕して石破内閣が総辞職し、首相指名選挙を経て新内閣が発足する――という展開が予想される。
つまり、石破首相はまだ2か月程度は居座り続ける可能性が高い。いったい、何のために?
石破首相は「日米関税合意の実行に責任を持つ」と表明しているが、これは居座る口実でしかない。退陣不可避のレームダック政権が続くのは、他国との交渉上、マイナスでしかないからだ。
9月末まで続投できれば、首相在任期間が1年になる。歴代首相と比べて極端に短命とは言えず、石破首相のメンツは守れる。実はこれが最大の理由だと私は思っている。
さりとて、それだけではあるまい。
石破首相がこだわっているのは、戦後80年の今年、8月15日の終戦記念日に発出する「80年談話」である。
10年前に「70年談話」を出したのは、石破首相と対立してきた安倍晋三元首相だった。旧安倍派を中心とする右派議員は、石破首相が「70年談話」をひっくり返すことを警戒し、終戦記念日までに退陣させたいのだ。石破首相としては、最後の最後に「80年談話」を自らの手で出し、旧安倍派に一矢報いたいという思いもあるだろう。
8月15日に「80年談話」を発出し、できればトランプ大統領との日米首脳会談を実現させて「花道」とする。そのうえで8月末に参院選敗北の総括で総裁選前倒しを打ち出し、不出馬を表明する──。
このシナリオ通りに進むのか、旧安倍派を中心とした反主流派が巻き返してお盆前に引きずり下ろすのか。当面の政局の焦点はそこにあるが、いずれにせよ、沈みゆく自民党のコップの中の争いでしかない。
石破退陣後は、誰が新総裁になっても、立憲か維新か国民かを連立に引き込む政界再編が待ったなしだ。石破首相の最後の抵抗が終わった後、日本政界はいよいよ大激動の時代に突入する。
【ジャーナリスト/鮫島浩】
<プロフィール>
鮫島浩(さめじま・ひろし)
1994年に京都大学法学部を卒業し、朝日新聞に入社。99年に政治部へ。菅直人、竹中平蔵、古賀誠、町村信孝、与謝野馨や幅広い政治家を担当し、39歳で異例の政治部デスクに。2013年に原発事故をめぐる「手抜き除染」スクープ報道で新聞協会賞受賞。21年に独立し『SAMEJIMA TIMES』を創刊。YouTubeでも政治解説を連日発信し、登録者数は約15万人。著書に『朝日新聞政治部』(講談社、22年)、『政治はケンカだ!明石市長の12年』(泉房穂氏と共著、講談社、23年)、『あきらめない政治』(那須里山舎、24年)。
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