政治経済学者 植草一秀
戦争、核兵器、原発。すべては人間の愚かさの象徴とも言える。戦争は無意味に人間同士で殺戮を行う行為。人間が愚かでなければ話し合って解決策を得る。話し合いでなく力で相手をねじ伏せるべきでない。大人は子どもにこう諭す。ところが、大人が率先して人間同士の殺戮を演じる。これが戦争だ。
核兵器は人類滅亡をもたらす力を持つ究極の兵器。しかし、攻撃を受けたら報復攻撃を行う態勢を整えることもできる。攻撃によって自陣が滅亡するが、報復攻撃によって敵陣営も滅亡させられる。「相互確証破壊」と呼ばれるが、この装置を保持することは、いつでも地球の滅亡を実現できるということ。賢ければ、話し合いで、このような兵器を消滅させることができる。しかし、相手を信用できないから兵器を消滅させない。
日本は地震大国で、日本のどこでも1,500ガル以上の地震動が発生し得る。日本の原発は1,500ガルの揺れに耐える構造で作られていない。フクシマ事故が再現される可能性があるから原発を廃止すべきとの見解は順当だ。当初は原発廃止を決めたかのようだったが、時間が経過するにつれて話は変えられ、再び原発稼働推進の方針が示されている。要するに人間は賢くないということ。賢くない人間は滅亡するだろう。
大の大人が偉そうな高説を垂れるが、その大人が実践しているのは愚かな行為ばかりだ。そして、権威や権力にひれ伏す者がいる。者がいると言うより、ひれ伏す者が多い。指導者が愚かというだけでなく、そのような愚かな指導者に追従する者も愚かということ。
北陸新幹線が敦賀まで開通した。これを大阪までつなぐと東海道新幹線のバイパスが生まれる。敦賀から小浜を経由し、京都につなぐ案が有力視された。しかし、状況は一変している。日本は1年に100万人も人口が減る状況に転じた。新幹線建設の費用が驚異的に高騰した。小浜ルートを採用すると京都市で大深度工事が必要になるが、大深度工事の信頼性が崩壊している。
京都仏教会は京都市の大深度工事を「千年の愚行」と表現して小浜ルートに対する反対を表明した。参議院選挙では敦賀・米原ルート再検討を掲げる候補者が京都府でトップ当選した。諸情勢を踏まえれば米原ルートを選択するのが適正だ。費用と時間を大幅に節約できる。
問題点が二つ指摘されている。一つはJR東海が米原-新大阪のダイヤが過密で北陸新幹線への配分を拒絶していること。もう一つは滋賀県が新幹線建設の負担と便益が合わないと主張していること。どちらも当事者の主張としては順当なのだろう。
人間の知恵というものは、このようなときに発揮されるべきものだ。国鉄民営化は民営化される新企業のために実行されるものでない。国民の利益のために遂行されたものだ。その分割されたJR各社が企業エゴに走り、国民の利益を損ねるのは愚の骨頂。米原-新大阪を複々線化することも検討に値する。
国民の利益を優先して、国家の指揮でJR各社に適正な対応を求めるのが筋だ。国民の利益が増大するなら、滋賀県の負担を軽減する措置を国が取ればよいだけのこと。愚かさが勝つか、賢さが勝つかという問題である。
地域のことは地域で決める。これが地方自治の考え方。正しい。しかし、地域のエゴを優先して全体の利益を犠牲にすることとは違う。それぞれの地域は地域の主張を持つ。しかし、全体の利益が最大化されることが優先されるべきだ。
小浜の人は小浜に新幹線が来てほしいと思うだろう。このことはまったく否定されない。しかし、日本全体の施策として、小浜ルートが最善でないなら、小浜ルートを強引に押し通す行動はエゴでしかない。各県の知事は各県の県民の利益を第一に考えるが、日本全体のトータルな利益を優先する必要がある。各県がエゴをむき出しにして一歩も引かなければ、全体として最善の決定はなし得ない。
全体の利益を優先して地域のエゴを抑制する賢い為政者が、県知事選挙で落選させられるのは、地域に住む住民が賢くないということ。人間が賢いか愚かか。やはり、これがポイントになる。
1983年1月26日に、石川県志賀町で進められていた原発建設計画の一環として当時の敦賀市長だった高木孝一氏が志賀町での講演に演者として招かれた。内橋克人著『日本の原発、どこで間違えたのか』(朝日新聞出版)所収の講演内容。
高木市長は最後にこう述べた。「これで皆さん、3億円、すでにできた。こんなのつくるの、わけないなあ、こういうふうに思っとる(再び会場に笑い)。まあそんなわけで短大は建つわ、高校はできるわ、50億円で運動公園はできるわねえ。火葬場はボツボツ私も歳になってきたから、これもいま、あのカネで計画いたしておる、といったようなことで、そりゃあもうまったくタナボタ式の町づくりができるんじゃなかろうか、と、そういうことで私はみなさんに(原発を)おすすめしたい。これは(私は)信念をもっとる、信念!・・・えー、その代わり100年たって片輪(原文ママ)が生まれてくるやら、50年後に生まれた子どもが全部、片輪になるやら、それはわかりませんよ。わかりませんけど、いまの段階では(原発を:樋口氏注)おやりになったほうがよいのではなかろうか・・・。こういうふうに思っております。どうもありがとうございました。(会場に大拍手)」この高木元市長の長男が昨年10月の衆院総選挙で落選した自民党裏金議員の高木毅氏。
講演の冒頭で高木氏は次のように述べた。「ただいま紹介いただきました敦賀市長、高木でございます。えー!きょうはみなさん方、広域商工会主催によります、原子力といわゆる関係地域の問題等についての勉強会をおやりになろうということで、非常に意義あることではなかろうか、というふうに存じております。・・・ご連絡をいただきまして、正しく原子力発電所というものを理解していただくということについては、とにもかくにも私は快くひとつ、馳せ参じさせて頂くことにいたしましょう、ということで、引き受けた訳でございます。」
高木氏は敦賀原発1号炉からコバルト60が排出された事故で電力会社から法外に大きな補償がなされたことを語った。その上で「きょうはここまで(講演に)きましたんで、新年会をひとつ、金沢でやって、明日はまた富山の北電(北陸電力)へ行きましてね、火力発電所をつくらせたる、1億円寄付してくれ(会場にドッと笑い)。」と述べた。
この講演内容を引用して著書に掲載した「原発を止めた裁判長」として知られる樋口英明氏は、「保守を名乗っていた高木氏の講演からは、先人に対する敬愛の念も後世の人たちに対し恥ずかしくない生き方をしなければならないという心情はまったくうかがうことができない。この講演には先人の営み、生業(なりわい)を単なる金儲けの手段と考え、自分たちの金儲けのためなら後世の人々にいかなる負担を負わせても構わないという心根しかない。」と指摘した。
『保守のための原発入門』(2024年、岩波書店)
https://x.gd/uNMGw
問われているのは私たち人間の賢さである。
<プロフィール>
植草一秀(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
ブ ロ グ「植草一秀の『知られざる真実』」
メルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』」