都心のオアシス大濠公園周辺エリア(中)

大濠&舞鶴を一体整備
セントラルパーク構想

セントラルパーク構想における将来像のイメージ(セントラルパーク基本計画資料より)
セントラルパーク構想における将来像のイメージ
(セントラルパーク基本計画資料より)

 その2つの公園の一体的な活用を図ることで、県民・市民の憩いの場として、また、歴史や芸術文化、観光の発信拠点として、公園そのものが広大なミュージアム空間となるような公園づくりを進めるための構想が、福岡県と福岡市とが共同で打ち出した「セントラルパーク構想」だ。同構想は、1991年5月に策定された「舞鶴城址将来構想」と、史跡関連計画に含まれていた「福岡城跡整備基本計画」「鴻臚館跡整備基本構想」といった各構想・計画が、それぞれの整合性を図りながら1つの巨大な構想として再構築されて立ち上がったもので、14年6月に策定された。その具体化に向けては、19年3月までに全5回の基本計画検討委員会が開催され、19年6月に「セントラルパーク基本計画」が策定された。

 “福岡のセントラルパーク”が目指す姿として掲げられた基本理念は、「時をわたり、人をつなごう。~未来へつながる福岡のシンボルへ~」。ジョギングやウォーキングなどの利用に加え、イベントの開催地としての活用も視野に入れる。四季折々の植物・生き物の観察が楽しめる自然公園としての役割はもちろんのこと、福岡市美術館の存在を生かし、アートめぐりの拠点としての存在感も高めていく。福岡城跡や鴻臚館跡といった史跡も、パーク内のWi-Fi整備や、VR・ARなどのデジタル技術を用いた解説サービスを充実させることで、歴史と最先端技術の融合による観光・ツーリズムも先鋭化させていく。こうした古代と現代の福岡のイメージを比較しながら楽しめる“コト消費”の推進は、時代に即した魅力づくりといえるだろう。

 セントラルパーク構想では、全体を大きく4つのゾーンに大別。大濠公園全域と舞鶴公園・西側広場を含む「憩と文化の交流ゾーン」のほか、福岡城跡を中心とした「福岡城跡ゾーン」、鴻臚館跡を中心とした「鴻臚館跡ゾーン」、そして両公園全体および周辺を範囲とする「城跡イメージゾーン」となる。今回策定された基本計画ではそのゾーニングをベースに、「水辺の憩いエリア」「芸術文化エリア」「交流広場エリア」「鴻臚館エリア」「福岡城本丸エリア」「福岡城二ノ丸エリア」「エントランスエリア」とさらに7つのエリアに細分化されたほか、具体的なエリア整備計画では、重点的な整備が求められる範囲や施設を8カ所選定。ゾーニングに基づく各エリアの特性を踏まえながら、整備の方向性が示された。

 実施計画については、2032年までの概ね10年間の期間の「短期」と、その後の「短期以降」の2つのフェーズで、管理運営や再整備の事業を進めていく。短期では、ソフト施策の充実とそれを支えるハード整備の推進による両公園の魅力の向上および回遊性の強化に主眼を置き、公園間の移動環境の向上やエントランス空間の機能強化などを優先した施策を展開していく。また、持続的に改善し続けていく公園を実現するため、短期終了後には、社会情勢や公園ニーズの変化などへの対応や、実施した施策内容の評価や改善策の検討を実施。短期以降では、遺構の復元などを始めとした歴史の重層性の表現とさまざまな利活用を育む大規模な広場空間の創出を実現することで、両公園が“福岡の真のランドマーク”として愛され続ける公園となるための整備や、仕組みづくりなどを進めていく計画となっている。

 大濠公園ならびに舞鶴公園周辺エリア、総面積にして約80haを一体整備する巨大プロジェクトである「セントラルパーク基本計画」。まずは32年までの短期で両公園の持つ魅力の向上と回遊性の強化を行うとともに、前述の新福岡県立美術館の開館による美術・芸術・文化の集積が進んでいくことにより、一帯は“福岡の真のランドマーク”としての地位を確固たるものにしていくだろう。

存在めぐる議論白熱“幻の福岡城天守”

福岡城跡
福岡城跡

    さて近年、舞鶴公園に関連して関心を集めている話題の1つが、本誌vol.80(25年1月末発刊)でも触れている、福岡城の天守が実在したか否かの論争だ。

 天守台こそ残っているものの、福岡城の天守については長らく「存在しなかった」という説が有力だった。だが、15年に丸山雍成氏(九州大学名誉教授)が示した天守実在説によって、歴史学界ではすでに「福岡城の天守実在」が通説になっているといい、実在を示す主な証拠として、黒田長政が天守建築を命じた書状や、細川家文書に「福岡城天守を破却したらしい」という文書が残っていることなどが挙げられている。

 これを受けて24年12月、福岡商工会議所が設けた専門家懇談会「福岡城天守の復元的整備を考える懇談会」が、これまでの活動報告として「福岡城天守の復元的整備について―報告と提言―」を提示した。同提言の要旨は以下の通りだ。

 福岡城は歴史的な重要性から国の史跡に指定されているものの、市民アンケートの結果などから見ると、決して、福岡城への市民の関心や訪問頻度は高いとはいえず、その大きな理由として城の象徴ともいうべき「天守」が現存していないことが理由として挙げられる。
 福岡城天守に関する最新の研究成果や史資料を専門家・有識者による検討吟味を行った結果、(1)福岡城天守は江戸時代初期にいったん建築されたが、後に破却されたとみて間違いはない。(2)天守の規模・構造は姫路城と同等の5重6階地下1階高さは約26mと推計される、(3)外観は黒を基調としていた、との結論に至った。
 市民アンケートにおいても、天守復元に肯定的な意見が多かったことから、地域の歴史・文化を次世代に伝えるシンボルとして、福岡城天守の「復元的整備」を迅速に進めることが適切である。

 そして、福岡市に対する具体的な提言項目として、以下を挙げている。

①官民一体のさらなる調査(1.福岡城天守の全容解明に向けた史資料収集および分析、2.福岡城天守台およびその付近における発掘調査など)、②福岡城に対する市民意識の向上、③市民が歴史を考える機会の創出、④文化庁の復元基準の柔軟な運用、⑤「国史跡福岡城跡整備基本計画」の官民一体となった推進

 こうした提言が挙げられているが、現時点で福岡城天守の復元的整備に対する最大の障壁となっているのが、文化庁の行政運用の不透明さである。というのも、文化庁は20年に「往時の歴史的建造物の規模、材料、内部・外部の意匠・構造等の一部について、学術的な調査を尽くしても史資料が十分に揃わない場合に、それらを多角的に検証して再現する」方法として、「復元的整備」という基準を定めた。ところが、実際の文化財取り扱いは不透明な裁量で決められているからだ。

 今後、復元的整備が現実のものとなっていくかどうかは定かではないが、多くの謎を秘めた福岡城天守が実在していた可能性が高いとなれば、それを復元することは歴史的価値のみならず、現代の福岡市のまちづくりという観点からも大きな価値があるだろう。

古代の迎賓館「鴻臚館」
27年度に復元整備完了へ

鴻臚館跡復元整備工事
鴻臚館跡復元整備工事

    一方で舞鶴公園の東側エリアでは現在、「鴻臚館整備・活用事業」が進んでいる。

 鴻臚館は、奈良時代後半から平安時代末(7世紀後半~11世紀後半)まで利用された外交・交易施設で、九州の行政府・大宰府に続いて設置されたもの。当初は海外からの外交使節を迎える迎賓館とともに、海外へ向かう遣唐使や遣新羅使の宿泊所として機能したが、そのうち民間貿易の拠点へと役割を変えたと見られている。京都と大阪にも鴻臚館があったとされるが、遺構が見つかっているのは福岡の鴻臚館のみで、国際都市としての福岡の歴史を古代に遡って物語る史跡である。

 江戸時代より、福岡藩の学者らは鴻臚館がどこにあったのかに関心を寄せており、当時は現在の呉服町付近と推定されていた。ところが、中山平次郎氏(九州帝国大学教授)が古代の記録から福岡城址内に比定。当時、帝国陸軍の駐屯地であった城内を調査して古代の瓦片を採集し、1926年、福岡城内に鴻臚館があったとする論文を発表した。その後、平和台球場の改修工事とともに発掘調査が87年に行われ、8~11世紀の中国、朝鮮、イスラムなどでつくられた陶磁器やガラス器などが出土。建物や門が建てられていたことを示す礎石群や門跡も発掘され、鴻臚館跡と確定された。

 その後の継続的な調査を経て、福岡市は2023年、鴻臚館復元整備の設計に着手し、文化庁への申請を経て、24年に文化庁から復元整備着手の了承を得た。

 整備計画では、鴻臚館跡地の史跡指定範囲4万9,181.37m2を北側から順に、「海路:交流ゾーン」「北館:体験ゾーン」「南館:学習ゾーン」の3つのエリアに分けて復元整備を進める方針。全体の整備内容としては、国際都市として最初に賓客を迎え入れた東門とそれに連なる塀の東辺を復元する「①北館東門と塀の復元」のほか、奈良時代の風景をイメージできるよう周辺地形などを復元する「②地形等の復元・区画塀の設置」、古代の饗宴(食・音楽・舞踊等)を再現した体験やワークショップ・講座などに対応できる木造平屋造りの施設設置を想定した「③体験活用のための便益施設の整備」、そして「④鴻臚館跡展示館のリニューアル」を提示している。

 スケジュールでは、東門と塀の復元整備工事および地形等の復元整備工事は25年度に着工する計画。そして、東門と塀の復元整備、および鴻臚館展示館のリニューアルは26年度に、地形等の復元整備および体験活用施設の整備は27年度に完了する予定だ。

 近接する福岡城天守と鴻臚館という歴史的な遺構が、ともに復元整備などによって“あるべき姿”を取り戻していけば、舞鶴公園ならびに大濠公園も含めた一帯は、福岡の「セントラルパーク」として、一層の“箔”が付くことになるだろう。

【坂田憲治】

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