東武鉄道「新鹿沼駅事故」を見て思うこと─「マニュアル通り」、今は通用しない
福島自然環境研究室 千葉茂樹
8月20日、東武鉄道新鹿沼駅で、除草作業員4名が死亡する痛ましい事故が起きた(リンク1)。21日現在、事故には「見張り員間の意思疎通不足があった」と報じられている。また、東武鉄道の会見では、重要な部分の確認がなされていない。
以下に「8月21日時点での私の意見」を書かせていただく。今後、事故原因が明らかになっていくと思う。この過程のなかで、私が書いた文章の論拠が変わることもあるので、その場合はご容赦いただきたい。
基本は「事故が起きないこと」であり、「マニュアル通り」では意味がない
私は2019年まで県立高校の教諭をしていた。とくに最後のころは、大きな危惧を感じていた。それは「教科書的な教員」「マニュアル的教員」が増大したことである。日常生活は時々刻々変化し、臨機応変に対応しないと生きていけない。マニュアル通りでは、対応できないのである。
本事故もニュース報道を見ながら「マニュアル人間の招いた事故ではないのか」との危惧を覚えた。報道では「見張り員間の意思疎通不足」と言われている。このような場合、工事区間でお互いが見えないのであれば、見張り員が臨機応変に場所を移動し、お互いの姿が見えるようにしなければならない。無線や光信号、場合によっては携帯電話など、その場に合わせた臨機応変な対応も必要である。
ここで問題となるのがマニュアル人間である。彼らは「マニュアルにあった通り」にしか行動しない。根底には「マニュアル通り動けば、問題が起きてもマニュアルが原因であり自分には責任がない」との責任回避の考えがある。
現場管理の基本は「事故が起きないようにする」ことで、マニュアル通り動いて事故が起きたらまったく意味がない。
以下に、この問題を書かせていただく。
学校の問題を例にして
私が最後に勤務した学校は、「生徒の体験学習」を重視するところであった。このため、野外での学校行事が多かった。たとえば、毎年、野外炊飯は春・秋の2回、校内での食事会も1回あった。私は生徒指導部長として、基本的には総括責任者であった。ところが、ほかの教員は、材料運搬用の「軽トラックが運転できない」、野外での「竈(かまど)の設置および焚きつけができない」、「短時間での調理ができない」など、まったく役に立たなかった。要するに、「教科書にないことはできない」のである。
教員の名誉のために書けば、多くの教員は「生徒・学生の時代の成績は極めて良い」。私よりはるかに優秀な成績の教員が多い。成績がオール5の教員もいっぱいいる。ちなみに私の高校時代の成績は、3が大半で4少々、5に至っては「書道」だけであった。大学も卒業に必要な最低の単位しか取っていない。成績も可(最低合格)が多かった。
もう1つ疑念を挙げれば、上記のような状態なのに、この学校行事を続けた管理職の考えがわからない。
以下、例を挙げて書かせていただく。
竈(かまど)の設置(画像1)
まず、「風向き」すなわち空気の通り道を考える。次いで、使えそうな石を運び設置する。その際、鍋をどのように載せるか考える。場合によっては、木の棒などを使う。焚きつけは、まず杉の葉・小枝・太い材木などを採ってきて用意する。その後、竈のなかに、杉の葉・小枝を順に載せ、火を点ける。当然、風向きが重要で、うちわも必要である。火が大きくなったら、より太い材木を入れて火を大きくする。
このような当たり前のことが誰一人できなかった。今の教員は、「教科書にないことはできない」のである。別の言い方をすれば、「自分の頭で論理的に考えること」ができない。「テストの点数重視教育の弊害」である。竈内に杉の葉・小枝・太い材木をどう配置するかは、木の燃焼を想像すれば、ある程度は分かるはずである。

隠し味(ダシ)
野外での調理は、短時間で手際よく行わなければならない。材料は「火が通りやすい」ように、なるべく小さく切ったほうが良い。家庭のように「コトコト煮込む」ことは、時間的に難しい。また、学校の実習なので「インスタント食品」は使わない。私の場合、隠し味に「野菜ジュース」「挽肉」などを使った。野菜ジュースは、野菜をコトコト煮込んだのと同様の効果がある。挽肉は肉のうまみを短時間で出してくれる。
これらが、「マニュアル教員には耐えられなかった」ようで、何度も批判された。たしかに家庭科の教科書にはない方法である。私の考えは「短時間でおいしくできればよい」のである。結果がすべてである。
あるとき調理中に「生徒指導の問題」で呼び出され、20分ほど調理現場を離れた。この間に女性教員がきて、私が「隠し味に用意していた挽肉」で肉団子をつくった。どんなことになるか、想像に難くない。隠し味が効いていない料理に変わった。実にまずかった。想像力欠如のマニュアル人間がなせる業(わざ)である。こんなことがあるなら、非常用として「水煮のツナ缶」など「瞬時にダシの出るもの」を用意しておくべきだった。料理の最後に、これを混ぜれば、味は随分とマシになる。
ガダルカナル島作戦(餓島作戦、リンク2)の小隊長から学ぶこと
太平洋戦争の1942年8月、日本軍はニューギニア島の東方にあるガダルカナル島に進出した。有名なラバウル(航空隊基地、リンク3)から東南東約1,000kmにある。この島は、後に飢餓の島「餓島」と呼ばれた。
知り合いに小隊長だった方がいて「いかに生きぬいたか」を何度も聞かされた。当時の日本軍は軍律に厳しく、上官の命令に背くと「軍法会議(リンク4)」にかけられ、場合によっては銃殺された。脱走すなわち戦線離脱は、「銃殺刑」になる場合が多かった。
小隊長だった彼がいうには、「戦場で上官の命令に素直に従っていたら、命がいくつあっても足りない。軍法会議にかけられない程度に命令をはぐらかさないと、生き残ることはできない」であった。その実例を多く聞かされた。このガダルカナル島作戦では、兵站(へいたん、食料・弾薬)の補給がなく、兵士の多くは栄養失調で餓死した。
これから学ぶことは、「自分が置かれた状況を的確に把握し、選択肢が限られたなかでも、最善の方法を選び出す」ということである。局面が刻々と変化するので、最善の方法も刻々と変化する。感覚を研ぎ澄まして、脳の反応も鋭敏にするしかない。
この思考過程は、「自然災害のなかに置かれた場合」とまったく同じである。一言付け加えれば、千葉豪雨の報道で、「110番・119番に助けを求めた」映像が流れた。この場面を想像すると「助けを求める緊急通報が、警察・消防に集中している」と考えられ、「助けはすぐには来ない」と考えたほうが良い。自分で「どのように対応したらよいか」見つけ出すしかない。極論をいえば、ガダルカナル島戦線よりマシな状況である。その理由は「自分の意志で行動できる」からである。
日本の固定観念
日本は古来より「固定観念が支配」し、日本人の発明品すら有効利用していない。ガダルカナル島作戦では、米軍は「八木・宇田アンテナ」(テレビのアンテナ、リンク5)を網の目のように配置してレーダー網をつくり、日本軍の動きを察知し的確に攻撃した。
八木・宇田アンテナは、1926年に東北帝国大学の八木秀次氏と宇田新太郎氏が開発したものであるが、日本軍では見向きもされなかった。状況から見て、軍部は電波に関して「クルシー式帰投装置(リンク6)」のような受動的な使い方しか考えておらず、「電波を発信して敵を捉える」という能動的な発想はなかったのであろう。
固定的な考えではなく、「発想の転換」「別方向からの考え」が重要である。
私の失敗談
最後に、私の反省を書く。今から約25年前、地質調査で安達太良山麓に行った。屈強な男性が草刈りをしていた。私が調査許可のために声をかけると、彼は83歳であり、「インパール作戦(リンク7)の作戦参謀」だった。この方は、インパール作戦について語りたかったようであったが、私は聞かなかった。当時の私は狭量であった。
インパール作戦は極めて無謀な作戦で、私は作戦を立案し部下に実行させた「牟田口廉也中将(リンク8)が大嫌い」であった。今考えれば、牟田口中将が「いかなる理由で無謀な作戦を立案・実行したのか」裏事情を聞く絶好の機会であった。反省しきりである。
ヒトとの出会いのなかには、自分にとって有益な情報が数多くある。その機会をつかみ取るか、逃がすかである。こういった情報は即戦力にはならないが、人生のなかで後になって役に立つことが多い。とくに上記のような戦争時の問題は、ヒトが極限状態に置かれたなかでの判断であり、極めて有益な情報が含まれる場合がある。
なお、マニュアル教員に言わせれば、これらは「無駄な知識」とのことである。私は在職中に何度も言われた。私には有益にしか思えない。この点が思考の違いである。
まとめ
日常生活は、応用の連続である。マニュアル通りでは対応できない。最近起きた多種の問題を見るにつけ、「教科書・マニュアル、そして常識って何なの」と思うことばかりである。先日の「令和8年8月千葉豪雨」も同様である。最近は、「今までの常識が通用しないことが当たり前」になってきた。自然が激変する昨今、「自分の頭で考え行動することが重要」と私は思う。
最後に、今回の東武鉄道事故の原因に「マニュアル人間の怠惰(たいだ、リンク9)がないこと」を願う。不可抗力が原因であったならば、痛ましい事故ではあるが、慰め(なぐさめ)になる。もし怠惰で事故が起きたなら、犠牲者があまりにも哀れである。
<プロフィール>
千葉茂樹(ちば・しげき)
福島自然環境研究室代表。1958年生まれ、岩手県一関市出身、福島県猪苗代町在住。専門は火山地質学。2011年の福島原発事故発生により放射性物質汚染の調査を開始。11年、原子力災害現地対策本部アドバイザー。23年、環境放射能除染学会功労賞。論文などは、京都大学名誉教授吉田英生氏のHPに掲載されている。
原発事故関係の論⽂
磐梯⼭関係の論⽂
ほか、「富士山、可視北端の福島県からの姿」など論文多数。









