2024年03月30日( 土 )

「サロン幸福亭ぐるり」は、現在認知症天国(後)

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大さんのシニアリポート第47回

 赤羽春子(83歳・仮名)さんの場合は難しい局面を迎えている。元重役令嬢だったというのが赤羽さんの自慢。夫に先立たれた彼女が、故あって公的住宅に入居してきた。独り暮らしの彼女を慰めようと人が集まるものの、気位の高い彼女は、気の合う人以外は排除する。中でもA子さんとB子さんが気に入られた。情の深いA子さんとB子さんは、話し相手だけにはとどまらず、手作りの食事を運ぶことも多い。ある日、赤羽さんの態度が急変する。お盆や食器を受け取りに行ったとき、「これはわたしのもの。この泥棒野郎!」と突っぱねられた。その豹変ぶりに狼狽するA子さん。

 夕食時、A子さんから電話を頂いた。A子さんが電話口で泣いている。赤羽さんの無慈悲な言葉に深く傷ついた様子。「金を貸して欲しいというから用立てても、借りていない。そこまで落ちぶれていない」と凄まれた挙げ句、「あなたこそ、わたしの悪口を言いふらしているというの」と、また泣く。「赤羽さんは認知症になり、状況の判断ができない」と伝えても、「あんなに優しかった人が…、まるで人が違ったように…、急に変わるなんて、信じられない」といい、認知症であることを理解して頂けない。A子さんからの訴え電話は、夜中でもかかってくる。寝不足のわたしはついに電話を「お休みモード」にして、着信音を消した。

i2 B子さんの場合はさらに悲惨だ。A子さんの時と被害内容は同じ。B子さんは「ぐるり」の常連だ。豹変した赤羽さんを「ぐるり」内で詰る。怒る赤羽さん。「ぐるり」内でのいざこざはわたしの責任。ふたりに外に出るよう促す。B子さんがスタッフに注文をつけた。「嘘つきの赤羽さんを『ぐるり』に入れないで欲しい」。無理な話だ。「ぐるり」のコンセプトは、「入るのも自由、出るのも自由」である。赤羽さん個人を排除するわけにはいかない。「赤羽さんがどのような人でも、来る人は拒まないのが原則」と伝えた。「赤羽さんは嘘つき」と刷り込まれてしまったB子さんは、聞く耳を持たない。B子さんに同情する仲間が、赤羽さんを排除しはじめた。

 ここでA子さんとB子さん(仲間を含め)に共通の認識がある。それは、「認知症という病気を知らない」ということ。「認知症というのは病気で、認知症を患っている人は病人であること。病人は健常者ではない。だから、健常者と同じ目線で見ることはできない」のである。しかし、あれほど情けを注ぎ込み、「裏切られた」と思いこんでいる人たちにとって、赤羽さんは、善意を裏切った悪人でしかない。意外にも認知症の人と具体的に接したことが少ないのではないか。わたしは両親とも(母は脳梗塞により、父はアルツハイマー型)認知症(当時、認知症という病名はなかった)で、介護しながら「壊れていく両親」を目の当たりにしている。慣れてくると、きついことをいわれても、「病気だから」と割り切ることができるようになった。「認知症という病気と病人」とまともに争っても勝ち目はない。「サロン幸福亭ぐるり」は認知症天国。でも、誰にだって認知症になる可能性を否定できない。ありのままの中井夫妻、赤羽さんを見守っていくしかないのだが…。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
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