2024年04月19日( 金 )

貴乃花親方辞職事件の真実(9)

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相撲道

 日馬富士の賠償金提示額が30万円から50万円程度であった事実は、極めて衝撃的だった。日馬富士がいかに日本の法律制度を知らないとはいえ、自らの力士としての収入、力士の収入水準を知っているのだから、日馬富士がこの金額に納得しているとしたら、やはり、日馬富士には相撲道の精神もなければ横綱の品格もないという評価は避けられない。

 おそらく日馬富士の弁護人による目先の判断だろうが、日馬富士が品格のない横綱として後世まで悪評を残すことに思いが至らないという意味で最悪の弁護人といえる。

 日馬富士の絵画を購入した人は、その展示を躊躇することになる。作者を名横綱と自慢できないからである。日馬富士は、こんな実害を想像することもできない貧弱な知性しかないのである。

 結局、日馬富士(その代理人)は、貴ノ岩を力士としてではなく、一般の人として扱ったと主張している(判例の水準とはそういう意味となる)ことになるが、一般の人であっても、加害の程度と、加害に至った事情に何ら斟酌すべき事情がないのであるから、30万円や50万円は非常識な賠償金額である。それはこれからの裁判が証明することになる。

 一方、何ら辞職すべき責任事実がないにもかかわらず、一生の収入の源泉となる一代限りの年寄名跡を弟子のためを思って返上した貴乃花親方のその生きざまは相撲道精神によるものとしか理解できない。貴乃花一代年寄名跡の財産価値は当然億、数十億円以上である。

 貴乃花親方の相撲道の純粋性は金銭的欲望がないという意味ではない、弟子のためにはすべてを尽くすという精神の純粋さの結果として金銭にこだわらないのである。

 識者のなかには貴乃花親方の相撲道のもとでは、結果として力士の負傷事故が増え、引退を余儀なくされるのだから、現実的ではない、という評論をするものがいる。これは、とんでもない謬論である。確かに、貴乃花親方の掲げる相撲道が浸透すれば、負傷による引退の可能性が高まるのではないか、との推論は成り立つ。しかし、そのための力士に対する年金制度や、引退後も指導者としての地位や相撲関連の事業者としての地位が約束されていれば、何ら問題ないことである。貴乃花親方の相撲道は、自らの体験を踏まえてはるか未来を見据えており、当面のことだけを見るような微視的なものではない。

 貴乃花親方は終生、相撲道の確立と普及を願って、愚直に、あらゆる努力をし続けるだろう。相撲道は何も相撲協会だけの内部社会的精神論ではなく、ひろく、アマチュア相撲、外国の相撲を含めたグローバルな普遍的スポーツとしてのものであり、貴乃花親方の視座もそこにある。それは何よりも愛する弟子たちに親方ができる唯一の奉仕と考えているからに違いない。弟子に相撲界への入門を勧めた親方としての信念である。

 貴乃花親方の相撲道精神は、現在の理事の地位と収入にこだわっているようにしか見えない親方たちにはとうてい受け入れられないかもしれない。貴乃花親方の相撲道を「理想」と言っている限り、実現への努力をしないこと、否、徒党を組んで抵抗することは明らかである。

(了)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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