2024年04月27日( 土 )

スポーツ・エリート「虎の穴」?~福岡市A団地の謎

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アスリートを輩出する、A団地

 福岡市内の繁華街から15分ほど歩いた場所にあるA団地。この団地がスポーツ・エリートを輩出する「虎の穴」的な存在として、教育関係者の注目を集めている。

 団地に住む子どもたちの数はそれほど多くないにもかかわらず、中高生年代(10人程度)の近年の実績でいえば、ラグビー強豪高校のキャプテン、バスケットボールの中学県選抜、ジュニアラグビーの県代表で全国優勝、福岡市内上位の中学野球部でキャプテン、中学バレーボール部のエースアタッカー、ジュニアサッカーチームの福岡選抜(市トレセン)など。球技を中心にあらゆる種目で県選抜選手や強豪チームのエースを輩出しているのだ。

 学業の方でも、全国最難関の灘高校をはじめ、九州最難関のラ・サール高校や久留米大附設高校への合格者を出し、県立御三家のS高校に通う子どもが多いというからなかなかのものだ。進学塾に通い詰めるような子どもはほとんどいないため、俗に言う「地頭が良い」子どもが育っていることも注目される。

子どもたちが刺激し合って育つ「団地」

 A団地はとりたてて特徴のない普通の団地。保護者も会社員や公務員などがほとんどで、体力的に優れた子どもたちが集まるような背景はない。

 情報を提供してくれた教師はこう指摘する。

 「A団地の子どもたちはとにかく『歩かされる』環境にあるんです。A団地は学区内の小中学校から最も遠い場所にあるため、登下校で毎日5キロ以上歩く必要があります。重いカバンを背負って9年間登下校すれば基礎体力が鍛えられますし、遅刻しないように早起きする必要があるので夜更かしもできない。たくさん歩くうえに団地内の公園で遅くまで遊べるので、食欲も旺盛になる。いわば『良く遊び、良く食べて、良く寝る』という子育ての基本を実践せざるを得ないんですね。自ずと規則正しい生活になることが、もしかしたらA団地の秘密なのかもしれません」

 地域社会の持つ教育力を研究する教育社会学者は、A団地が繁華街に近いことにも注目する。

 「アスリートだけでなく学業面でも優れた子どもが多いということは、子どもたちが刺激し合いながら成長しているのでしょう。毎日遊ぶ、きょうだいのような子どもたちがおしゃべりしながら長い距離を歩いて通学する。通学路には大きな繁華街や大学があり、ちょっと外れれば大人の世界を垣間見られる歓楽街もある。寄り道や回り道のルートには事欠かないわけで、大いに好奇心を刺激されながら育ったのかもしれません。少子化の影響でチームが組めないため、野球ができない子どもが増えていますが、A団地のような子どもがワクワクするような環境で子どもを育てることは、じつは難しくなっているんです。団地の持つ『地域力』というのはもっと見直されていいと思います」

 A団地は共働きの家庭がほとんどだが、団地内の公園に行けば必ず誰かがいるような子どもだけのコミュニティーがある。閑静な住宅街に建つ一戸建や文教地区のタワーマンション。ステータスでもあり、洗練された環境には誰もが憧れるものの、どこか純粋培養的で分断された冷たい印象を受けるのも事実だ。

 子どもたちが刺激し合いながら勝手に育つ「団地力」こそアスリート輩出の秘密!……なのだろうか。

 

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