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2019年08月19日 13:00

人間に死を選ぶ自由は存在しないのだろうか(前)

大さんのシニアリポート第80回

 NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」(2019年6月2日放送)を見た。ある女性が全身の身体の機能が奪われる「多系統萎縮症」という回復の見込みのない難病と宣告され、家族と相談のうえ、「人生の終わりは、意思を伝えられるうちに、自らの意思で決めたい」と、スイスにある「ライフサークル」という自殺幇助(安楽死)団体に登録する。安楽死に至までの家族の葛藤、生と死をめぐる対話を続け、安楽死を迎えるまでの日々を追い続けたドキュメントである。

 回復の見込みのない絶望的な状況下で、妹本人が安楽死を選択したとしても、ふたりの姉は容易に受け入れられない。煩悶が続く。最終的に妹の意思を尊重してスイスでの現場に立ち会う。点滴に含まれた致死量の薬品を自身の意思で決め、投与する。ほんの数分で眠るように息絶えた。

 佐伯啓思(経済学者)は、朝日新聞(19年7月6日)紙上「『死すべき者』の生き方」で、「私は、言葉は悪いが、何か崇高な感動を覚えた。この場合、崇高というのは、すばらしいとか気高いという意味とは少し違う。とても涙なしに見られる映像ではない。だが、ここには、葛藤のあげくに『死』という運命を受け入れ、しかもそれを安楽死において実行するという決断にたどりついた姉妹たちの無念が、ある静謐(せいひつ)な厳粛さとともに昇華されていくように感じられたからである」と述べた。

 佐伯が「積極的な安楽死」を容認する理由として、「この先、死を待つだけの生が耐え難い苦痛に満ちたものでしかなければ、できるだけ早くその苦痛から逃れたいからである」「『死』とは1つの意識であり、意図でもある。人間は、死を意識し、死に方を経験することができる」。佐伯は安楽死を「尊厳死」と呼ぶことには抵抗を感じていたともいった。

 佐伯のいう通り、近代社会では生きることが至上の価値とされ、「医療技術と生命科学の進歩とともに、あらゆる病気を克服して寿命を可能な限り延ばすこと」が人類の最大の目標となった。一方で、「死に方」に関しては議論の対象にもならない。

 実に卑近な例で申し訳ないのだが、私が住む公的な住宅にSさんという元スタジオミュージシャンがいた。仕事がなくなり、自転車のパンク修理の仕事で糊口をしのいでいた。やがて妻と子どもにも愛想をつかされ、独居に。酒におぼれる毎日。

 ある日、街角で自転車ごと倒れているSさんに遭遇した。若い警察官がしきりに禁酒と病院での検査を勧めていた。私はSさんに直接聞いた。Sさんは、消え入るような声で「どうしても焼酎を買いたい」といった。そのときの私の本心は、「病院での検査」ではなく、「焼酎を買い与えること」だった。素人目にも、Sさんには回復を願う気力も体力もなかったと思う。不謹慎を百も承知でいうが、Sさんが欲しがる焼酎を飲ませるべきだったと今でも思う。Sさんは私が会った二日後に自宅で亡くなっているのが警察によって発見された。孤独死といってもいいだろう。

 孤独死を「緩慢な自殺」といったのは、阪神・淡路大震災後の仮設住宅で「クリニック希望」を開設した医師の額田勲氏だ。孤独死に至るまでの諸問題を取り上げ、客観的に分析した。額田氏には、「孤独死は回避すべき」という意識がある。医師ゆえに当然のこととも思う。一方で、結果として「緩慢な自殺」(孤独死)を選択せざるを得ない人もいるのではないだろうかとも思う。「緩慢」という言葉には、どこか生き方に対して否定的な意味が込められている気がする。

 佐伯は、「消極的な安楽死」(終末期にある患者に対し、積極的な延命治療をしない)と、「積極的な安楽死」(自らの意思が明確。苦痛が耐えがたい。回復の見込みがない。代替治療がないなど、いくつかの条件のもとで、医療従事者が患者に対して積極的な死を与える)と2つに分ける。だが、もう1つ、「緩慢な安楽死」というものもあってもいいのではないか。このまま焼酎を飲み続ける日々の先に、「死」があることをSさんは漠然と予見していたかもしれない。それでも「今ある生をこなす」には、「焼酎を飲む」という選択肢しかなかったのだ。

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

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