• このエントリーをはてなブックマークに追加
2019年08月26日 15:27

ゆとり教育抜本見直しに命をかけた20年(5)

進学塾「英進館」館長/国際教育学会理事/福岡商工会議所議員
筒井 勝美 氏 78歳

 1998年(平成10年)7月、福岡市で開かれた日本工学教育協会年次大会にパネラーとして出席した筒井氏は、「ゆとり教育」にともなう理数教育30数年の変遷と問題点を、次のように指摘した。

【中学数学】
 授業時間数、教科書ページ数、練習問題数の3つの視点から削減内容を分析すると、総合学習内容では全体の削減率が30%強になる(2002年の学習指導要領改訂では、さらに平均30%近くの削減で、1970年代の内容に比べ学習内容が半減した)。点の軌跡、三角比、立体の表し方などは高校内容に先送りされた。筒井氏が注目したのは、30年前の教科書には数学の応用として国の予算、税金、株式、生命保険などの社会的な現象が言及されていて、生徒の学習意欲を向上させようという試みがなされていたが、その後はまったく姿を消している。さらに、実生活に必要で身近な、複利計算や統計も削除された。

【中学理科】
 授業時間数、教科書ページ数の視点から削減内容を分析すると、理科全体の学習内容は、この30数年間で40%近い削減となっている。表面張力や各種原理(アルキメデス、パスカル)、遺伝と変異、寄生と共生などの単元が減らされていた。とくに顕著なのが化学反応式。53→12と僅か5分の1に削減されていて、理数教育の凄まじい弱体化の実態が明らかになった(2002年の学習指導要領改訂で、炭酸ガスの発生、つまり炭素の燃焼の化学反応式の削減を含め10分の1にまで削減された)。

 日本工学教育協会福岡大会で筒井氏が発表した公教育の現状に、大学教授や実社会で活躍中の理数関係者から、どよめきが起こった。そのどよめきは、異口同音に、「科学技術は日進月歩で進んでおり、学校の授業が分からないという巷の声を聞いていたので、当然昔より教科書の内容が難しくなっていると思っていた。逆に易しくなって分からないとはショックだ」というものだった。

 ますます「ゆとり教育」の弊害を危惧した筒井氏は、4カ月後に「2002年の教育危機」のテーマで、シーホークホテルで教育講演会を開催した。通常、教育関係の講演会は面白くないといわれるが、当日は1,000人近い保護者、教育関係者が参加。アンケートでも95%が「大変よかった」「よかった」と回答するなど、大きな反響を呼んだ。

 そこで翌99年4月、収集した膨大なデータを基に著書『理数教育が危ない!』を出版した。本の帯には「方程式の解けない中学生が増えている」「日本人の科学知識はサミット7カ国中最下位」「驚くべき公教育の実態と改革提言」の文字が躍った。九州松下電器で新製品開発エンジニアとしての16年、私塾経営者として20年の彼の生の声は、教育界だけでなく世間に大きな警鐘を鳴らした。

 『科学技術立国ニッポン』と言いながら、「ゆとり教育」に名を借りて子どもたちの学力・思考力低下を招く、なんと酷い授業が行われてきたのだろうか? 振り返ると、ゆとり教育が始まる前の日本ではすばらしい教育が行われていた。

 昭和30年代(1955ー64年)の義務教育は、教科書内容が豊富で学力を重視した教育が実施され、理数の授業時間が世界トップレベルだった。事実、IEA(国際教育到達度評価学会)による数学・理科の国際比較調査では、39年に2位、58年には1位に輝いた。だが、ゆとり教育開始から約20年経った平成7年は3位となり、それ以降も低迷している。

 また30年代は学校で全国一斉学力テストが実施され、中学・高校では実力テストの成績が廊下に掲示されていた。家庭でもわが子が先生に叱られたことを知ると、親が子どもを叱っていたものだ。40年代も学力重視教育が継続され、教科内容もピークだったが、後半は落ちこぼれが多発。全国学力テストは中止され、校内暴力も発生するようになった。そして50年代中盤から「ゆとり教育」が導入され、学力軽視へ180度転換してしまった。

 古今東西を問わず、国民の知的レベルや教育力が国の盛衰を左右する。戦後の日本は学力を重視した「詰め込み教育」によって、世界が驚くような経済成長を成し遂げてきた。学問の分野でも、最近では山中伸弥・京大IPS細胞研究所長に代表されるように、戦後のノーベル賞受賞者を見ても、詰め込み教育の成果といわれている。「教育軽視は国を滅ぼす」筒井氏はそう考え、闘ってきたのだ。

(つづく)
【本島 洋】

<プロフィール>
筒井 勝美(つつい・かつみ)

 1941年福岡市生まれ。63年、九州大学工学部卒業後、九州松下電器(株)に入社。1979年「九州英才学院」を設立。その後「英進館」と改称。英進館取締役会長のほか、現在公職として国際教育学会(ISE)理事、福岡商工会議所議員、(公社)全国学習塾協会相談役など。2018年に紺綬褒章受章。

ゆとり教育抜本見直しに命をかけた20年の記事一覧

ゆとり教育抜本見直しに命をかけた20年(4)(2019年08月23日)
ゆとり教育抜本見直しに命をかけた20年(3)(2019年08月08日)
ゆとり教育抜本見直しに命をかけた20年(2)(2019年08月01日)
ゆとり教育抜本見直しに命をかけた20年(1)(2019年07月25日)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

     

トップニュース

2020年10月31日 13:00

【住民投票迫る】いよいよ明日。大阪都構想(大阪市廃止)の行方 維新は災害対策「やってる感」を演出NEW!

 政令指定都市が初めて廃止されるか否かでも注目される「大阪都構想(大阪市廃止)」の争点の1つは防災だ。「水の都・大阪」は、豪雨災害や津波被害、さらに高潮などの水害に弱...

2020年10月31日 07:00

ストラテジーブレティン(263)~コロナパンデミックの経済史的考察(7)

 コロナパンデミックは、株式資本主義の新時代を開くかもしれない。米国においては今や金融政策も株価本位といえる。QEが株価など資産価格引き上げに決定的に寄与したが、この...

2020年10月31日 07:00

【凡学一生の優しい法律学】三権分立論の嘘(1)

 日本国民の大部分が、日本は三権分立の民主主義国であると信じている。しかし、彼らは政治的制度について論理的にも事実実証的にもまったく確認することなく、「制度の建前=真...

2020年10月30日 16:36

【11/2~】「春水堂台湾フェア」で台湾を満喫~春水堂と台湾観光局がコラボ

 タピオカミルクティーなどを提供する春水堂(日本での運営会社:(株)オアシスティーラウンジ)は台湾観光局東京事務所とともに、11月2日(月)から全国の18店舗にて「台...

(株)フジ精機(熊本)/金属部品製造加工

 同社は、10月23日、熊本地裁に破産手続きの開始を申請した...

2020年10月30日 14:57

大和ライフネクストがオンラインを活用したマンション管理員研修を開始~集合型研修の見直しで業務効率と教育効果向上へ

 大和ハウスグループの大和ライフネクスト(株)は、管理員の入社時研修プログラムにオンライン講義を取り入れてリニューアルし、研修時間の短縮を図っている...

2020年10月30日 13:30

【福岡商工会議所調査】新型コロナウイルスの海外進出企業に及ぼす影響~8割の企業がマイナスの影響があるとしつつも、現地で事業を継続

 福岡商工会議所(藤永憲一会頭、以下、商工会議所)は、九州の海外進出企業385社を対象に実施した「新型コロナウイルス感染症が九州の海外進出企業に及ぼす影響に関する調査...

2020年10月30日 13:00

【新自由主義の波】タネは誰のもの? 菅首相は種苗法改定で日本の農家を殺すのか

 11月1日投開票の大阪都構想の住民投票は、維新と蜜月関係にある菅義偉首相の政権運営にも影響を与えるのは確実だ。野党のふりをしながら与党に協力する「ゆ党」こと維新は、...

総選挙勝利に具体的政策明示不可欠

 10月28日午後5時半より、新宿区四谷区民ホールにおいて 政策連合(オールジャパン平和と共生)主催「政策連合で政権交代-総決起集会&松元ヒロ公演-」が開催された...

2020年10月30日 11:30

【凡学一生の優しい法律学】日本学術会議委員任命の論理学(後)

 任命行為を、ある人を選出し(前工程)、その人に地位権限を付与すること(後工程)と定義する...

pagetop