2024年04月20日( 土 )

ゆとり教育抜本見直しに命をかけた20年(5)

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進学塾「英進館」館長/国際教育学会理事/福岡商工会議所議員
筒井 勝美 氏 78歳

 1998年(平成10年)7月、福岡市で開かれた日本工学教育協会年次大会にパネラーとして出席した筒井氏は、「ゆとり教育」にともなう理数教育30数年の変遷と問題点を、次のように指摘した。

【中学数学】
 授業時間数、教科書ページ数、練習問題数の3つの視点から削減内容を分析すると、総合学習内容では全体の削減率が30%強になる(2002年の学習指導要領改訂では、さらに平均30%近くの削減で、1970年代の内容に比べ学習内容が半減した)。点の軌跡、三角比、立体の表し方などは高校内容に先送りされた。筒井氏が注目したのは、30年前の教科書には数学の応用として国の予算、税金、株式、生命保険などの社会的な現象が言及されていて、生徒の学習意欲を向上させようという試みがなされていたが、その後はまったく姿を消している。さらに、実生活に必要で身近な、複利計算や統計も削除された。

【中学理科】
 授業時間数、教科書ページ数の視点から削減内容を分析すると、理科全体の学習内容は、この30数年間で40%近い削減となっている。表面張力や各種原理(アルキメデス、パスカル)、遺伝と変異、寄生と共生などの単元が減らされていた。とくに顕著なのが化学反応式。53→12と僅か5分の1に削減されていて、理数教育の凄まじい弱体化の実態が明らかになった(2002年の学習指導要領改訂で、炭酸ガスの発生、つまり炭素の燃焼の化学反応式の削減を含め10分の1にまで削減された)。

 日本工学教育協会福岡大会で筒井氏が発表した公教育の現状に、大学教授や実社会で活躍中の理数関係者から、どよめきが起こった。そのどよめきは、異口同音に、「科学技術は日進月歩で進んでおり、学校の授業が分からないという巷の声を聞いていたので、当然昔より教科書の内容が難しくなっていると思っていた。逆に易しくなって分からないとはショックだ」というものだった。

 ますます「ゆとり教育」の弊害を危惧した筒井氏は、4カ月後に「2002年の教育危機」のテーマで、シーホークホテルで教育講演会を開催した。通常、教育関係の講演会は面白くないといわれるが、当日は1,000人近い保護者、教育関係者が参加。アンケートでも95%が「大変よかった」「よかった」と回答するなど、大きな反響を呼んだ。

 そこで翌99年4月、収集した膨大なデータを基に著書『理数教育が危ない!』を出版した。本の帯には「方程式の解けない中学生が増えている」「日本人の科学知識はサミット7カ国中最下位」「驚くべき公教育の実態と改革提言」の文字が躍った。九州松下電器で新製品開発エンジニアとしての16年、私塾経営者として20年の彼の生の声は、教育界だけでなく世間に大きな警鐘を鳴らした。

 『科学技術立国ニッポン』と言いながら、「ゆとり教育」に名を借りて子どもたちの学力・思考力低下を招く、なんと酷い授業が行われてきたのだろうか? 振り返ると、ゆとり教育が始まる前の日本ではすばらしい教育が行われていた。

 昭和30年代(1955ー64年)の義務教育は、教科書内容が豊富で学力を重視した教育が実施され、理数の授業時間が世界トップレベルだった。事実、IEA(国際教育到達度評価学会)による数学・理科の国際比較調査では、39年に2位、58年には1位に輝いた。だが、ゆとり教育開始から約20年経った平成7年は3位となり、それ以降も低迷している。

 また30年代は学校で全国一斉学力テストが実施され、中学・高校では実力テストの成績が廊下に掲示されていた。家庭でもわが子が先生に叱られたことを知ると、親が子どもを叱っていたものだ。40年代も学力重視教育が継続され、教科内容もピークだったが、後半は落ちこぼれが多発。全国学力テストは中止され、校内暴力も発生するようになった。そして50年代中盤から「ゆとり教育」が導入され、学力軽視へ180度転換してしまった。

 古今東西を問わず、国民の知的レベルや教育力が国の盛衰を左右する。戦後の日本は学力を重視した「詰め込み教育」によって、世界が驚くような経済成長を成し遂げてきた。学問の分野でも、最近では山中伸弥・京大IPS細胞研究所長に代表されるように、戦後のノーベル賞受賞者を見ても、詰め込み教育の成果といわれている。「教育軽視は国を滅ぼす」筒井氏はそう考え、闘ってきたのだ。

(つづく)
【本島 洋】

<プロフィール>
筒井 勝美(つつい・かつみ)

 1941年福岡市生まれ。63年、九州大学工学部卒業後、九州松下電器(株)に入社。1979年「九州英才学院」を設立。その後「英進館」と改称。英進館取締役会長のほか、現在公職として国際教育学会(ISE)理事、福岡商工会議所議員、(公社)全国学習塾協会相談役など。2018年に紺綬褒章受章。

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