2024年04月20日( 土 )

復興は進んでいるのか、判断難しい線引き~朝倉市の現在(前)

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土砂で埋まった朝倉市内の災害当時の様子(朝倉市提供)

コミュニティの難しい立ち位置

 「平成29年7月九州北部豪雨」(以下、九州北部豪雨)により、甚大な被害を受けた福岡県朝倉市。災害発生から2年以上の歳月が経過し、災害発生当時には道路に山積みにされていた土砂や流木はあらかた取り除かれ、一見すると復興は滞りなく進んでいるようにも感じられる。

 だが、この朝倉市内で得られる感覚は、あくまで“第三者”としてのものでしかない。当事者である被災者のなかからは、依然として支援を求める声が挙がっている。個別の事情すべてに配慮した被災者支援は困難であるため、朝倉市は最も多い「住まい」の確保に関する要望に応えるかたちで、全国から集まった義援金を原資に1軒あたり年間50万円の家賃援助を実施する。この取り組みは、被災者と市の間を取り持つコミュニティからも高く評価されている。

 「厳しい状況のなかで、良くやっていただいたと思います」(朝倉コミュニティ関係者)。

 このほかに、市では豪雨が発生した場合を想定し、氾濫対策として河川工事を進めている。対象河川の周辺住民のうち、九州北部豪雨で家が全壊した被災者を中心に1人ひとりと用地買収の交渉を行っており、実際に着工するのは数年後となる見通しだ。非常に丁寧な対応に思えるが、この提案に苦悩する被災者もいる。

朝倉市・山田交差点
工事の様子

 「被災者のなかには、元の場所に帰りたいと願っている方も少なくありません。この用地買収のために『帰れない』という不満の声も届いています。個々人の事情すべてに対応することができないことは理解していますが、市側にも、被災者の思いを蔑ろにできないという事情を理解してもらいたいのです」(朝倉コミュニティ関係者)。

 社会インフラの再整備にともなって新しいまちづくり計画の“青写真”が描かれ、「復興」への兆しが見えつつある朝倉市だが、そこにはたして被災者らの納得を得られているかについては疑問符が付く。

 「仮設住宅のいわゆる『2年しばり』についても、被災者の経済的問題に焦点が当てられます。たしかに欠かすことのできない視点ですが、この2年で築かれた新しいコミュニティの解体という視点も忘れないでほしいのです。近隣の人々が寄り添い育まれてきたコミュニティが、仮設住宅からの退去によって分裂すれば、高齢者や身寄りのない方は再び孤立してしまいます」(朝倉コミュニティ関係者)。

 また、生活用水の取水源として利用されていた井戸の問題もある。朝倉市には、約100年前から存在する孔底深度(井戸の深さ)の浅い井戸が複数あったのだが、その多くは九州北部豪雨によって壊滅。もはや復旧は難しいとされており、こうした水源の問題からも、「移住」は避けては通れなくなってきている。

 「朝倉市に住んでいる人のなかには、先祖代々からの土地を承継し、農業で生計を立てているという方も多くいます。『自分の代で終わらせられない』という方もいますが、農地の再生には年単位の時間が必要なことに加え、水源の問題も考えると、引っ越しせざるを得ないというのが、おそらく現実的なのでしょう。しかし、繰り返しになりますが、被災者らが抱えた思いを蔑ろにするわけにはいかないのです」(朝倉コミュニティ関係者)。

 朝倉市が主導する復興計画と、被災者の生の声との間に立たされるコミュニティは、難しい対応を迫られている。それでも、朝倉コミュニティでは被災者側に寄り添い、少しでも前向きになれるようにと、独自イベントの開催も手がけている。

 「市が復興宣言を出せば、それで“復興が完了”というわけではないのです」(朝倉コミュニティ関係者)。

(つづく)
【特別取材班】

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