2024年04月27日( 土 )

【追悼】一心不乱に他者に尽くした~高橋利彰氏を偲ぶ

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故 寿着物学院理事長 高橋 利彰 氏

 寿着物学院理事長・高橋利彰氏が令和元年12月16日、静かに人生の幕を閉じられた。79歳だった。

 一心不乱に人様に尽くし、数多くの方々から尊敬の念を抱かれてきた故人の晩年は病魔との闘いの日々だった。この3年間は入院生活をしていたため、会えずじまいだった。これが一番、悔しい。

 故人は昭和15年生まれで、修猷館高校を卒業している。同窓生には和白病院を興した蒲池真澄氏、英進館を設立した筒井勝美氏などがいる。

 高橋氏は福岡県警に勤務していた実父を慕い、県警に奉職し、警視まで上り詰めた。当時、この出世は最速であるといわれていた。外務省に出向し、外交書記官としてエチオピアに派遣されたこともある。

 警察署所長を歴任して、民間に転じ、和白病院事務長、デベロッパーの雄・「ソロン」の常務を経て、最後は寿着物学院の理事長に就任した。筆者はソロンの常務時代からの付き合いで、25年におよぶ。

 故人の人生は一言でいえば「波乱万丈・他者に尽くした」といえるだろう。

周囲の方々を笑わせてくれた

 葬儀では故人の友人代表として元衆議院議員・山崎拓氏が追悼の辞を述べられた。「高橋さんは修猷館の4年後輩です。私が初めて衆議院に立候補した演説会で、司会を買ってでてくれた。感謝するとともに現役の警察官なのに大丈夫かなと懸念もした。これが高橋さんの信条なのです。私欲を忘れてトコトン尽くしてくれるのが故人の生き様であった」と故人を懐かしむ弔辞をよんだ。それについて、筆者も心あたりがあるから拓さんの弔辞を聞きながら感涙した。参列者のなかにも数多くの方々が、この弔辞に頷いておられたようだ。

 故人は一心不乱に人様に尽くすだけではなく、人を笑わせる術もお持ちだった。特技は腹話術である。故人とは幾度となく飲み明かしたものだが、必ずこの腹話術の芸を披露して場を和ませてくれたものだ。福岡県警時代も交通安全パレードの席上で、腹話術を駆使し、参加者の笑いを誘っていたそうだ。

 拓さんの最初の演説会では悲壮な雰囲気が漂っていた。その会場の演台に立った故人がコミカルな司会術で漂っていた悲壮感を一気に打破してしまった。参加者は笑みを浮かべ、「よし、当選させるために頑張ろう!」というムードに変えてしまったという。この術は天才というべきものである。

 県警時代の2歳後輩にあたる某経営者も「高橋先輩にはいろいろとお世話になった。自分だけでなく、分け隔てなく面倒を見てくれた。県警を離れても多くの人たちが交際を続けていたのを目の当たりにしたが、先輩の人柄がそうさせたのであろう」と敬服の念を語る。筆者が人様の相談事を持ち込むと親身になって応対してくれた。この恩返しができないままお別れするとは残念で悔やまれる。

 故人の「一心不乱に他人様に尽くす」姿を思い浮かべながら、お別れの言葉として結ぶ。

合掌
令和元年12月23日

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