2024年04月25日( 木 )

同時並行で進める復興戦略 「生活再建」と「新しいまちづくり」(後)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

熊本市長 大西 一史 氏

自動車と公共交通のベストミックス必要

 ――交通インフラについて、どうお考えですか。

 大西 熊本市の道路行政は、他都市に比べて相当遅れていると思っています。熊本市は相当な“車依存社会”になってしまっています。三大都市圏を除く全国の政令指定都市のなかで、熊本市の交通渋滞はワースト1です。

 熊本市は「SDGs(持続可能な開発目標)モデル都市」に選ばれ、現在さまざまな取り組みを進めていますが、今の車依存社会はSDGsとは完全に逆行しています。私が熊本県議時代には、都市圏の交通問題についていろいろと議論してきたのですが、なかなか進みませんでした。構想や分析はいろいろ行ったけれども、財源などがネックになって、具体的なアクションにはつながらなかったのです。

 私は市長として、熊本市内の公共交通を充実させることが必須だと考えています。高齢者から子どもまで安心して乗れる公共交通体系を、きちんとつくっていかなければなりません。乗り換えのしやすさも重要です。近年、市電(路面電車)の利用者数が伸びていますが、輸送能力は1両の定員が平均で70名程度と低く、ラッシュ時には人があふれることもあります。車依存は脱却しなければなりませんが、完全に車を排除すると、やはり不便なまちになってしまいます。つまり、「自動車と公共交通のベストミックス」をつくる必要があるわけです。それを今追求しているところです。“交通のリバランス”です。

 交通渋滞の解消に向けたインフラ整備も必要です。行政として、本来投資すべきだった投資をしてこなかった面があります。国、県、市で連携しながら、都市高速的な新たな道路ネットワークの構築を検討しているところです。熊本市が将来、九州の拠点都市として発展していくためにも、今のうちから構想を打ち立てていきたいと考えています。

 熊本市の劣悪な交通事情は、熊本地震の際に、救援物資がすぐに行き届かなかった要因にもなりました。たとえば、北区役所から南区役所までの約24kmを移動するのに、5時間かかったと聞いています。通常では考えられないことですが、実際に引き起こしてしまったわけです。災害時のリダンダンシーや、レジリエンスという観点からも、新たな道路ネットワークは必要だと考えています。

 ――熊本県との連携についての現状をお聞かせください。

 大西 非常に重要なことだと考えています。ほかの政令指定都市は、都道府県とのライバル関係などがあるようですが、熊本の場合、そうはいっていられません。たとえば、熊本市内には市立と県立の体育館などがありますが、行政の垣根を取り払って、施設更新の際に県と市共同の体育館にして、広く利用してもらえれば良いと思っています。個人的にも、本気で付き合える県庁の人間は何人もいます。お互い率直な言葉を交わし合いながら、熊本全体のパワーロスを失くしていきたいところです。互いに変なプライドは捨ててやっていけば、間違いなく熊本全体の発展につながるでしょう。

神戸に学ぶ震災後のまちづくり

 ――神戸市では、阪神淡路大震災後、まちづくりが停滞しました。

 大西 私は2年ほど前に神戸市を訪問し、阪神淡路大震災後の復旧・復興についていろいろと話を聞きました。被災者の生活再建が進まないなか、新しいことを始めようとすると、「まだ被災者がいるのに、何をいっているんだ」と反対され、なかなか新しいまちづくりができなかったそうです。神戸市役所のある職員の方が、「震災から20年以上が経って、ようやく新しいことができるようになったんです」とおっしゃっていました。

 私は、被災者の生活再建と新しいまちづくりは、両方を一緒に進めていくべきだと考えています。もちろん、行政として、被災者には最大限寄り添いますが、それと同時並行でまちづくりを進めていくべきです。被災者にとっては、震災の記憶はまだまだ生々しいものがあることは承知していますが、生活再建が完全に終わってからのまちづくりだと、遅いのです。私はこれを強く意識していました。

 震災から3~4カ月後、私が桜町の再開発も含めた震災復興計画を市議会に提案したとき、「ハコモノより被災者支援が先ではないか?」といった反対の声が挙がりました。私は、「被災者の生活再建はもちろん最優先でやるが、市の経済を支えるまちづくりを今やらないといけない。後になってからでは遅い」と答え、激しい議論にはなりましたが、最終的に議会にも認めていただきました。

 市外部の方々からは最近「熊本市は元気良いね」といわれます。結果論になりますが、被災者の生活再建と並行して新たなまちづくりを行うことによって、復旧・復興も早くなる。これが私の復旧・復興戦略だったのです。

 ――2020年の抱負をお聞かせください。

 大西 いまだ仮設住宅にお住まいで、再建の見通しが立っていない被災者の方々もいらっしゃいます。熊本市として引き続き、全力で支援していきたいと考えています。

2019年10月に外観修復が完了し、特別公開がスタートした熊本城大天守閣
2019年10月に外観修復が完了し、特別公開がスタートした熊本城大天守閣

 今年は東京オリンピックの年であり、東日本大震災からの復興を世界にアピールするとともに、各国からの支援に感謝を示す大きな場でもあります。熊本市としては、熊本地震からの復興についても世界の皆さまに見ていただく機会にしたいと考えています。19年10月に熊本城の特別公開第1弾を実施したところですが、19年度末には特別見学通路が完成する予定で、春から第2弾の特別公開を予定しています。熊本城の復旧・復興の過程を常時一般見学できるようになります。

 10月には、熊本市内でアジア・太平洋水サミットが開催されます。アジア・太平洋地域の首脳・閣僚を中心に集まる大規模な国際会議です。熊本市は地下水に恵まれた水の都です。自然環境を守りながら、都市として発展しているところを、各国の方々に見ていただきたいと考えています。

 熊本市には、市内観光の産業化が必要です。熊本城や水前寺公園など多くの観光資源が存在するにもかかわらず、地域別の観光消費額を見ると、熊本は福岡、鹿児島、長崎の後塵を拝しています。しっかりしたマーケティングに基づいた観光戦略を立て、熊本に長く滞在してもらい、消費してもらえるようにしなければなりません。その際には、熊本市内に限らず、阿蘇や天草などの魅力的な場所とリンクさせていきたいと考えています。また、福岡市や鹿児島市などの他都市ともしっかり連携および団結し、“オール九州”として「九州観光はどこに行ってもハズレなし」ということを世界にアピールしていくことが大事だと思っています。

(了)
【大石 恭正】

<プロフィール>
大西 一史(おおにし・かずふみ)

 1967年12月、熊本市生まれ。92年に日本大学文理学部心理学科卒業後、日商岩井メカトロニクス(株)に入社し、94年に退職。内閣官房副長官秘書を経て、97年に熊本県議に就任(5期)。2014年12月に熊本市長に就任し、現在2期目。14年、九州大学大学院法学府博士後期課程単位取得退学。熊本地震をきっかけに「ツイッター市長」としても知られる。趣味は音楽鑑賞。

(前)

月刊誌 I・Bまちづくりに記事を書きませんか?

福岡のまちに関すること、再開発に関すること、建設・不動産業界に関することなどをテーマにオリジナル記事を執筆いただける方を募集しております。

記事の内容は、インタビュー、エリア紹介、業界の課題、統計情報の分析などです。詳しくは掲載実績をご参照ください。

企画から取材、写真撮影、執筆までできる方を募集しております。また、こちらから内容をオーダーすることもございます。報酬は1記事1万円程度から。現在、業界に身を置いている方や趣味で再開発に興味がある方なども大歓迎です。

ご応募いただける場合は、こちらまで。その際、あらかじめ執筆した記事を添付いただけるとスムーズです。不明点ございましたらお気軽にお問い合わせください。(返信にお時間いただく可能性がございます)

関連記事