2024年04月26日( 金 )

【流水型ダムを考える】蒲島知事は人命に直結する工学的判断を軽視した

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京都大学 大学院工学研究科 教授 藤井 聡 氏

 全国的に注目を集める球磨川流域治水対策をめぐって、蒲島郁夫・熊本県知事は11月、国土交通省に対し、流水型ダムの建設を要望した。約12年前に自ら下した川辺川ダム白紙撤回から180度の政策転換だ。治水インフラをめぐる一政治家による政策判断の転換について、土木工学の専門家はどう見ているのか。京都大学大学院工学科の藤井聡教授に聞いた。

知事就任時に同じ判断を下しておくべきだった

 ――熊本県は、12年前にダム建設白紙撤回した川辺川ダムについて、現行のダム計画を廃止したうえで、新たに流水型ダムを建設する旨、国に要望しました。国も前向きに検討を進めるようです。熊本県による今回の政策転換について、どう評価していますか。

京都大学 大学院工学研究科 教授 藤井 聡 氏
京都大学 大学院工学研究科 教授
藤井 聡 氏

 藤井 こうした判断は工学的視点から、蒲島知事就任時点に下しておくべきことであったと考えます。蒲島知事はかつて「ダムによらない治水」と主張していたわけですが、実際にそれをやってこなかったし、かつ、それをやろうとしても現実的には費用的制約、工学的制約から著しく困難であることが、知事就任時点でわかっていたからです。

 よって、蒲島知事就任時点で適切な工学的判断を下していたのなら、工事が中止されることもなく工事が進められ、2~3年前の時点で工事が完了していたと考えられます。そうであれば、2020年の豪雨であれだけの人命が失われることはあり得なかったことは、火を見るよりも明らかです。

 従って、「今回政策転換しないこと」と「今回政策転換すること」の両者を比べれば、明らかに後者のほうが圧倒的に望ましい選択であったとはいうことができますが、蒲島知事就任時点で誠実な工学的判断が優先されていれば、今回の政策転換そのものが不要であったことを踏まえるなら、今回の政策判断についての政治決定を高く評価することは難しいと考えます。

 ――今回の要望を受け、国土交通省にはどういう対応を期待しますか。

 藤井 国交省としてはこれまで、工学的に明らかにされてきた治水の観点、つまり、川辺川ならびにその下流の球磨川の水害によって、国民の生命と財産が失われてしまうリスクを抜本的に低減させるために、川辺川ダムをつくるべきであるという認識をもっていたと思われます。よって、可及的速やかに検討を進め、1年でも、1カ月でも、1日でも早くダムが供用できるようにするために、適正なかたちで事業を進めてもらいたいと思います。

 ただし、そのためには当然、予算が必要になってきますから、そのための予算を十分に確保する調整も速やかに図ってもらいたいと思います。政府はこのたび、5カ年で15兆円規模の予算を組み、全国各地の国土強靱化の加速する方針を公式に決定していますから、そうした政府全体の取り組みのなかに川辺川ダムの整備も明確に位置づけ、速やかな整備を進めてもらいたいと思います。

人命損失に対する政治的責任を負っている

 ――蒲島熊本県知事は、政策転換の理由として、「民意」の変化を挙げています。白紙撤回の判断も民意に従ったものであって、どちらの判断も「自分に非はない」といいたいものと思われます。1人の政治家として、蒲島知事をどうご覧になっていますか。

 藤井 政治家は政治判断が必要であり、そのためには、民意を重視することも必要ではありますが、それよりも人命を救うという、政治家として最も重要な仕事を完遂するためには、人命に直結する工学的判断をより重視した政治決定を、知事就任時点で下すべきであったといわざるを得ないと考えます。従って、蒲島知事は政治家として、今回の水害による人命損失に対する責任を、仮に刑法上は追わないとしても、政治的には甚大に背負っていると断ぜねばならないと考えます。

 ――蒲島知事は、中曽根康弘元首相の言葉を引用するカタチで、自らを「政治家は歴史法廷の被告人」になぞらえました。歴史法廷においては、蒲島知事は「有罪」だとお考えということでしょうか。

 藤井 私は歴史裁判官の裁判長の立場ではありませんから、断ずることはもちろんできませんが、当方としてはまさにそのようにいわざるを得ないと思いますね。

 ――流水型ダムは、貯留型ダムに比べ、環境への影響が少ないとされ、日本でも近年、採用事例が増えつつあるようです。日本国内ではいまだダム反対運動が根強いことを考えると、流水型ダムが、今後の新たなダム建設の大きなトレンドになる可能性があると思われます。流水型ダムを含む今後のダムの在り方について、ご見解をお聞かせください。

 藤井 河川はそれぞれに個性があり、それぞれの個性に合わせた対策がそれぞれに行われなければなりません。その意味で、それぞれの河川の個性に合わせた対策を講ずるにあたり、流水型ダムという技術も選択肢の1つに加えておくことは大変結構なことであると考えます。

 ――仮に新たに流水型ダムが実現するとして、完成までに10年以上要するといわれています。近年、毎年のように水害が発生していることを考えると、ダム完成までの間に、再び球磨川が水禍に見舞われないとも限りません。「ダム完成を待たず、今打てるだけの治水対策を講じるべきだ」という意見もありますが、この点どのようにお考えでしょうか。

 藤井 もちろん、治水はダム整備だけで行うものではなく、さまざまな取り組みをすべて組み合わせて行う総合治水であらねばなりません。その意味で、ダム完成までの間にも、速やかに実施できるものについては対応していくことが必要でしょう。ただし、抜本的な治水レベルの向上を図るには、この水系の場合はダム整備が現実的には不可欠なものとして位置づけられるものです。よって、完成までの時間を可能な限り短くすることに注力することが絶対的に求められるのであり、それこそがダム完成までの間に第一優先事項にしなければならないものだと思います。

 ――ある識者は「川辺川ダムは公共事業中止の失敗例として語り継がれるだろう」といいました。球磨川水害という人災から得られる教訓があるとすれば、それは何だとお考えでしょうか。

 藤井 すでに申し上げた通り、政治判断において、「政治家は人命に関わる工学的判断を軽視してはならない」「徹底的に重視せねばならない」という点だと考えます。

水で押し流された球磨川に架かる橋桁(2020年8月撮影)
水で押し流された球磨川に架かる橋桁(2020年8月撮影)

【大石 恭正】

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