2024年04月20日( 土 )

【ラスト50kmの攻防】並行在来線は新たな存続モデル模索

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 西九州新幹線武雄温泉~長崎の開業に合わせて、長崎本線肥前山口~諫早も鉄道保有と列車運行の主体を切り離して再スタートを切る。この区間は、JR九州が在来特急の客が新幹線に移行する割合が高いと認定した並行在来線。ただ、時限的に在来特急を残す稀な例で、地方鉄道の新しい存続モデルを模索する。

強気の背景に6者の合意文書

 「(肥前山口~諫早は)普通列車の位置付けが大切。生活や通学の利便性を確保できるようJR九州にしっかりと働きかける」。JR九州の青柳俊彦社長が西九州新幹線の開業日を発表した2月22日、佐賀県庁で山口祥義知事は囲み取材に応じてそう語った。山口知事の指摘通りだが、知事自身が表立って同社に積極的に接触する姿はこれまで見られなかった。

 佐賀県は「JR九州には開業後23年間は、少なくとも普通列車は現行水準を維持してもらう」(交通政策課)と強気だ。背景には、佐賀県知事、長崎県知事、JR九州社長、国交省鉄道局長ら6者が2016年3月に署名した「合意書」の存在がある。

 ただ6年前の文書によって、開業後23年間、「営業の自由」を保障されたJR九州に対し、現行水準通りの列車運行を迫れるのだろうか。同社は上場企業であり、「足の確保」と同時に株価の維持も求められる。

芽吹き始めた駅を生かす「まちづくり」

 そういう現実を見据えて、並行在来線の分離に強硬に反対した佐賀県側の沿線市町では、駅を生かす「まちづくり」が芽吹き始めている。

 たとえば、長崎本線と佐世保線が分岐する「肥前山口駅」を抱える江北町。新幹線開業時に駅名が「江北駅」に変わり、分岐機能が武雄温泉駅にシフトする。

 町は駅を核にした“賑わい創出”に着手し、コンテナショップを駅北口に整備し、人が滞在する仕掛けを手探りする。

 新幹線開業後は「肥前鹿島駅」が在来特急の終着駅になる鹿島市も、駅周辺整備構想を作成。現駅舎と一体利用する新駅舎の建設や、駅前の「鹿島バスセンター」解体後の跡地整備といったプランの基本設計を急ぐ。

 どちらの計画も緒に就いたばかりだが、客が乗った列車が走らないと、立派な駅舎や周辺整備も「ムダ遣い」になりかねない。

肥前鹿島駅前整備
肥前鹿島駅前整備

国交省、地方鉄道の持続性高める仕組みづくりへ

 地方鉄道は人口減にコロナ禍が重なり、厳しい経営状態が深刻化している。国交省は2月14日、有識者検討会を設置し、地方鉄道の持続性を高めるため、鉄道事業者と自治体の役割を明確化し、双方が話し合う仕組みづくりに入った。合わせて、存続必要性の判断基準や存続困難路線の代替交通への転換推奨などを議論し、国の制度創設や財政支援についても検討するという。

 現状は6者合意が交わされた時点よりもはるかに厳しい。ところが、佐賀県とJR九州は新幹線未整備区間の整備方式で対立。佐賀県が「今のところJRとフル規格前提の協議はあり得ない」といえば、JR九州も「未整備区間はフル規格の方向性が出ないと協議しても意味がない」(青柳社長)と譲らない。新幹線をめぐる双方の対立が深まれば、沿線市町の「まちづくり」にも影を落とすことになる。

珍しくない“マイレール意識”の低下

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 長崎大学経済学部・深浦厚之教授のゼミ学生が1月に、長崎経済同友会の会合で発表した肥前山口~諫早間の16駅(佐賀側9駅、長崎側7駅)の駅別乗車人員のデータがある。

 コロナ禍の影響が小さかった20年度の1日乗車人員を見ると、100人未満の駅が佐賀側で3駅、長崎側で6駅の計9駅を数えた。最多は諫早駅(諫早市)の3,000人以上。500人以上は佐賀側の肥前山口、肥前白石(白石町)、肥前鹿島の3駅。残りの4駅は100人以上500人未満だった。

 決して存続が約束されている状況でないのは明らか。さらに、並行国道の整備と自家用車の普及によって沿線住民の鉄道依存度が低下、存続への熱気も以前ほどではないという。存続運動の結果、存続が決まったことによって鉄道の存在を日常と考える“マイレール意識”の低下は、全国的に珍しい現象ではない。

 JR九州は3月12日、今年のダイヤ改正を発表し、並行在来線の特急や普通列車の具体的な運行スケジュールが判明する。料金設定や運行本数で耳目を集める西九州新幹線とは違った意味で、並行在来線や沿線市町の駅を生かす「まちづくり」にもスポットが当たる。それはJR九州と沿線自治体の双方にとって、並行在来線存続の真価が問われる幕開けにもなる。

【南里 秀之】

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