2024年05月06日( 月 )

【開催報告】再開発は必然性と物語を残して(後)

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 (株)データ・マックスは3月28日、識者3名をパネリストに迎え、アクロス福岡円形ホールでパネルディスカッションを開催した。テーマは「九州・福岡のあるべきまちづくりを考える~変わる街、変わらない街、そして変えるべき街、変えてはいけない街~」。残すべき町並みと、情報共有の在り方、そして国際社会で勝ち残るために必要なインフラ整備などについて、活発な意見交換が行われた。そのなかでみえてきたのは、まちづくりに求められるのは、流行を取り入れる一過性の計画ではなく、次世代までを見据えた百年の計であるということだった。

歴史的景観を保全・活用する(つづき)

 少子高齢化が加速度的に進むなか、地域固有性を保全・維持するために、コト消費を楽しめる空間づくりも目立ってきている。たとえば、空き家を改修し、観光客向けにホテルとして開放するといった取り組みがそれだ。大森氏は、事業展開の事例として、八女市の分散型ホテル「NIPPONIA HOTEL」を挙げる。老舗茶舗の旧大坪茶舗という伝統的な建築物をホテルに改修したもので、4棟4室の檜風呂付。高価格帯であるほか、コロナ禍の影響も懸念されたが、評判は上々のようだ。

久留米工業大学 建築・設備工学科
教授 大森 洋子  氏

    「空き家の改修工事には国から補助金も出ますので、一棟貸しの宿として空き家を活用するというのは、オーナーにとっても取り組みやすいのかなと思います。八女市では滞在型の観光需要の創出を目指し、豊かな自然を強みに、食事や農業体験などを楽しむ『農山漁村滞在型旅行(農泊)』にも取り組んでいます。地域の文化を楽しみたいというご夫婦や、最近では若い人たちの利用も目立ってきています」(大森氏)。

 そこでしかない体験できないということは、高付加価値を生む。歴史的景観を含む、地域固有性を残すということは、地方が生き残るための必須条件といえる。

交通インフラ機能の拡充と整理

 都市OSによるまちづくりシミュレーションと迅速な情報共有の実現、地域固有性の保全・維持による人的交流・経済活動の活性化。そしてもう1つ、まちづくりの土台となるのが交通インフラの拡充と整理である。下川氏は福岡市で進む再開発に触れながら、改めて交通インフラにおける課題を明らかにした。

(株)アクロテリオン 代表取締役 下川 弘 氏
(株)アクロテリオン
代表取締役 下川 弘 氏

    「福岡市内ではまちづくりが間断なく進んでいるように見えますが、天神ビッグバンと博多コネクティッドも、その適用範囲は限定的であり、福岡市内を俯瞰で見た場合、たった2つの点でしかありません。また、昨年ららぽーと福岡の開業に沸きましたが、ららぽーと福岡が面する筑紫通りでは大渋滞が発生しています。ほかにも、慢性的な交通渋滞が発生しているエリアは複数カ所あり、市のまちづくり計画は、交通網整備まで組み込んだものにはなっていない状況です。点と点をスムーズにつなぎ、交通渋滞を緩和させるためにも、地下鉄ネットワーク網のさらなる拡充が必要だと思います」(下川氏)。

 福岡市営地下鉄のネットワーク網を改めて見ると、東西方向にはJR(筑肥線)・地下鉄が伸びているものの、南北方面はJR(鹿児島本線/九州新幹線)・西鉄のみで、地下鉄が南区に接続していないことがわかる。南区は、東区に次ぐ市内第2位の人口を擁する一大商圏であり、西鉄との乗り換えを必要としない地下鉄への需要は、相応に高いはずだ。このほか、下川氏は野球やサッカーの試合開催時には、数万人規模の移動があるPayPayドーム、レベルファイブスタジアム周辺エリアにも地下鉄が接続していない点に触れ、南区と合わせて「地下鉄難民エリア」と定義している。

 福岡空港から博多・天神といった都心部へ地下鉄一本でいけるなど、交通アクセスの良さで知られる福岡市だが、その実、中央区から南区へといった、各エリア間の移動に関しては課題を残している。地下鉄ネットワーク網の拡充には、今回の七隈線延伸(天神~博多)のような点と点を結ぶものではなく、市内を1つの巨大な円で結ぶ、地下鉄環状線計画のようなダイナミズムが欲しいところだ。

「九州・福岡のあるべきまちづくりを考える~変わる街、変わらない街、そして変えるべき街、変えてはいけない街~」

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 識者3名の話を聞きながら改めて感じたことは、まちづくりには舞台となる地域ならではの必然性と、その地域にしかない物語性が必要だということだ。たとえば、車移動による交通渋滞を緩和し、移動経路の簡略化によって人流、ひいては経済活動を活性化させるために、地下鉄ネットワーク網の拡充という選択には必然性がある。また、ビジネスや観光で域外から来福した人が納得して対価を支払い、もう一度福岡にきたいと思えるようにするには、「なぜこういう景観が生まれたのか」「何を契機にこの文化が醸成されたのか」を物語る必要がある。

 その地域固有の立地特性を時勢に応じてアップグレードさせると同時に、その地域で連綿と受け継がれてきた先達の思いを、次世代へ継承していく営み、それがまちづくりの本懐ではないだろうか。だからこそ、まちづくりは百年先まで見通す計画であることが求められているのだ。

(了)

【代 源太朗】


<プロフィール>

(公財)福岡アジア都市研究所理事長
九州大学名誉教授 安浦 寛人 氏

九州大学教授、理事、副学長を歴任。2011年からは福岡アジア都市研究所の理事長として、福岡市の第9次基本計画の作成などに携わる。

久留米工業大学
建築・設備工学科 教授 大森 洋子 氏

久留米工業大学建築設備工学科助教授を経て、2003年から同科教授を務める。専門分野は歴史を生かしたまちづくり/文化遺産マネージメントと観光まちづくり、建築デザインなど。

(株)アクロテリオン
代表取締役 下川 弘 氏

(株)間組(現・(株)安藤・間)の本社九州支店で設計・技術開発・営業を歴任の2019年に、(株)アクロテリオンを設立。建設コンサルタント、まちづくりアドバイザーなどを行う。また、C&C21研究会の事務局長・理事としても福岡のグランドデザイン構想を提言している。

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