2024年04月29日( 月 )

建築物「垂直と水平」の魔物【後編】(1)

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[イメージ]小さな子どもに大きな個室を与えるアメリカ郊外の住宅_pixabay
[イメージ]小さな子どもに大きな個室を与える
アメリカ郊外の住宅 pixabay

 アメリカの映画で出てくるような郊外のファミリーの間取りでは、小さな子どもに大きな個室を与えている家庭のシーンが多くある。彼らは子どものころから自立心が高く、公共性を早く身につけようとし、社会に対して自分の意見を発言するという意識を持つ国民性だ。日本人がもっている自立心と社会性の違いが、如実に表れている。

コンビニネイティブ世代

 コンビニがない時代、お腹が空いたらどうしていたのだろう──携帯電話やLINEがない時代、待ち合わせでの遅刻はどう対処していたのだろう──ペットボトルがない時代、喉が渇いたときに何を飲んでいたのだろう──我々は徐々に忘れてきている。

 近代建築で「個室」が導入されるようになって、社会は「個室」をもてはやし、また“個”に向かえる文化を若者世代にあてがった。たとえばコンビニ、テレビゲーム、コードレス電話などだ。その世代は推定1,600万人いるとされる団塊ジュニア層、その若者たちはコンビニのファースト世代だ。

セブンイレブン第1号店(東京都江東区・豊洲店)1974年 セブンイレブンジャパン公式HP
セブンイレブン第1号店(東京都江東区・豊洲店)
1974年 セブンイレブンジャパン公式HP

    コンビニの最大手セブン-イレブン全店舗の半数以上が24時間対応になったのが、1985年のこと。団塊ジュニアが中学校に上がるころだ。コンビニは新しい都市文化で、資本主義を体現する存在──、当時コンビニはそんな存在として捉えられていた。団塊ジュニアにとってコンビニは買い食いの場所で、80年代後半には広く郊外へ広がっていった。中学生になると塾に通い始めるが、その行き帰りにコンビニがあり、コンビニでたむろして空腹を満たしたり、別の塾に通う友達と待ち合わせしたりする。コンビニネイティブ世代=団塊ジュニア世代ともいえるだろう。

団塊ジュニア世代の社会変化

 ファミコンは1986年に390万台が出荷されている。ゲームソフトでは85年に「スーパーマリオブラザーズ」が発売、86年に「ドラゴンクエスト」が発売され、小学生だったこの世代は夢中になったはずだ。

「団塊ジュニア世代」の社会変化 pixabay
「団塊ジュニア世代」の社会変化 pixabay

    団塊ジュニア世代はまた、黒電話を知る世代でもある。そしてプッシュ式、テレフォンカード、留守番機能、コードレス電話にキャッチホンが子どものころに登場した。かつて電話は、親や兄弟らに内容を聞かれないように、ひそひそ声でするものだった。電話機が置かれていた場所も玄関や廊下で、冬は寒い。長電話をするためには、防寒の準備をする必要もあった。子機やコードレスホンが登場し始め、自分の部屋にそれを持ち込めるようになったことは、10代の少年少女にとって大きな意味をもっていたはずだ。電話が1人1台ではなく、家族で共有して使うものだった時代、自分専用の子機を部屋に置いておくことは贅沢なことだったし、子どもなりに一人前として親に扱ってもらえるようになった大人としての証、勲章のような誇りさえ感じた。

 そうやって人類が発明したテクノロジー機器が個室のなかに入ってきて、身の回りの行動がどんどん手の届くあたりで完結できるようになった。ゲーム、テレビ、冷蔵庫、パソコン、今ならスマホ、SNSである。子どもにとって魅力的で、生活を潤してくれるアイテムを、自分の部屋のなかへ次々と装備していく。それら充実したテクノロジーが個室の有用性を引き上げ、同時にそれは引きこもりの温床となる。その部屋は、ことさら秘密基地か要塞である。子どもはそこに君臨する一城の主と化し、個室はこれ以上のない欲望の裏世界を子どもに魅せるのである。

「夏の家、日本」の過去と未来

 伝統的な日本の家屋は、とても開放的だった。何より風通しが良い。なるべく壁を設けないようにしてあるから、通気性は抜群。仕切りとなる屏風は持ち運べるし、襖や障子の開閉方向を変えて風の向きに対応し、外に開いて「涼」をとっていた。自然の環境と共生するといわれる所以だ。

 歌人・吉田兼好はかつて、徒然草のなかで「日本の家は夏をもって旨とすべし」と説いた。日本の家は今も昔も、やはり夏の暑さや湿気のなかで、いかに暮らしていくかが工夫のしどころだと。空調などないその昔は、夏の暑さを家に入れることは、単に暑いだけでなく、食べ物の劣化や水回りの衛生面など命に関わることだったため、とくに工夫が必要だった。軒を長く出して夏の日差しを遮る、軒下の冷えた空気を室内に取り入れる、家のなかの仕切りは襖や障子で開放できるような間取りとし、その風が抜けるようにした。庭には落葉樹を植えて夏の日差しを遮ったり、冬は落葉することで太陽光を取り入れられるようにした。これらの工夫は先人の知恵として、今も建築では有用なものとして引き継がれている。

 しかし、時代は変わった。鎌倉時代につくられた伝統的日本家屋に住んでいる日本人は少ない。近代化された日本の住宅は、一部タタミが残っているとはいえ、西洋の建築様式に取って代わられた。椅子やテーブルが入り、床座からイス座の生活へ。気密性の高いサッシ、ドイツ発祥のシステムキッチンなど、壁によって閉鎖された内向き空間へと生活様式は変わっていく。

「夏の家、日本」の過去と未来 pixabay
「夏の家、日本」の過去と未来 pixabay

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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