2024年05月11日( 土 )

建築物「垂直と水平」の魔物【中編】(1)

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「間取り」の効能と危険性 pixabay
「間取り」の効能と危険性 pixabay

 現在の建築学は「機械構造学」が背景にあり、そこには住まう人間のことが熟慮されづらくなっている。空間の始まりは外界から身を守る“シェルター”の役割から始まっており、“建築”という構造力学が導入されてからは、空間そのものが自立することが優位に立ち続けている。「どういう動線が、どういう人間の心を形成していくか」ということに対する深い考えがない。住む人が不在なのだ。この部分に大きく関わりをもつのが、生活動線の根幹“部屋の間取り”である。「新しいグランドデザインの建て付け」第3弾。前号では垂直に伸びる空間の代名詞として「タワマン」を例に挙げてきたが、今号では水平に広がる“間取り”の課題と可能性を考えてみたい。

リノベーション”のフェーズへ

 まずは、住宅業界で頻繁に使われる「リフォーム」と「リノベーション」の言葉の違いを明確にしておきたい。「リフォーム」を一言で言い表すと、“形を直す”ということである。ザラザラした砂壁が真っ白い壁紙に変わるだけで、人々が喜んだ時代。汲み取り便所が水洗トイレへ。和式トイレが洋式へ。五右衛門風呂がユニットバスへ。畳がフローリングへ。ちゃぶ台の食卓がテーブル椅子の生活へ。その横にはソファとテレビのある暮らし。

 「いつかはクラウン」──昭和の成長期は皆、明日は今日よりも便利で豊かになると夢見てがむしゃらに働き、結果的に日本の戦後復興と経済成長を後押しした。核家族化が大きく進んだ戦後、大量に住宅がつくられていく時代を経て、「リフォーム」は馴染みの言葉になった。木造家屋特有の大きな段差をフラットなバリアフリーへと解消し、たび重なる増築、増改を繰り返すお宅も多かったことだろう。経済成長とともに、近代化とともに、利便性の追求と技術の発展とともに、住宅設備や仕上げの仕様も改良され、より機能性の高い表層へとトランスフォームする。

 「子どもも大きくなったので、そろそろうちもリフォームしようかな」「奥さんのお宅もリフォームしたの?」などと奥さまたちの話は家族の成長とともに、自宅の改装へとステージが移っていった。

 1990年までの30年間、日本は年平均6%の成長を遂げたが、それ以降の30年間はわずか1%にとどまる。成長期にあった日本の推進力は“スペックを上げる”リフォームでも良かったかもしれないが、今はそれではだめだ。表面を取り繕う、化粧直しをする、機能を上げる、仕様の高いものに交換する。こういった「リフォーム思考」ではなく、「リノベ思考」に変えていかなければならない。

時代はリノベーションのフェーズに入っている  昭和30年代の暮らしを再現(三菱電機HP)
時代はリノベーションのフェーズに入っている
昭和30年代の暮らしを再現(三菱電機HP)

“価値を変える”思考へ

 「リノベーション」とは“価値を変える”と読み替えられる。動線を変え、暮らしのスタイルを問い直し、家族のライフスタイルに合わせて空間(動線、間取り、機能、質感、色など)を“編み直す”。

 たとえば、「Bの材料を選び、Aの材料を選ばなかった」という選択の過程を踏むことも、大きな意味をもっている。なぜなら、それは主体的にその暮らしぶりの背景に想像をめぐらせ、自分たちがこれから始める暮らしの本質に迫ろうとしているからだ。形が変わるその背景には、行為や行動、思考に通じる変換作業が隠れていて、結果的にリフォームと同じかたちに落ち着いたとしても、選択や試行錯誤という一連の流れを踏襲しているか否かは、その後の暮らしぶりに大きな違いを生むことになるだろう。ちなみに、通常「間取り」といわれる不動産用語は、設計をする段階ではほとんど使わない。我々はそれを「レイアウト」と読み替えて線を描き、その後、不動産業界で使用されるころに「間取り」と呼ばれていくことになる(以下、必要に応じて「間取り」と「レイアウト」を使い分ける)。

 簡単にいうと、「リフォーム」とはかたちの整形、「リノベーション」は価値の整形と区分することができる。賃貸住宅では、借りものだから自分の好きなレイアウトに加工することはできないが、新築住宅においては自由設計、中古住宅であればリノベをお勧めしたい。決まったレイアウトを購入することは、自身の暮らしに沿って空間を選ぶというよりも、形に暮らしを合わせていくような側面が強くなるからだ。

暮らしをレイアウトし、形を変えていく。
暮らしをレイアウトし、形を変えていく。

    昨今の商品化された「家」を販売する住宅産業では、マンションにしても戸建にしても、つくり手思考で進められていく傾向が強い。もちろん構造物である以上、制約や法規、設備的なルール、予算などさまざまな基準はあるし、先行してその条件をかたちにしていくという手法は常套手段で、長らく続いている。しかし、そこに住む人の家族構成や性質、キャラクターや癖、習慣まで合致しているだろうか。場所や予算が先行し、形はほぼ決められたもののなかで妥協する。生活の環境は、どのお宅もほぼ同じようなパッケージに収められ、嗜好が出せるのは家具やカーテンなど、そんな流れが多いのではないか。思案して動線や空間を仕上げるという作業は、とくに新築マンションや分譲戸建のような買い方のなかでは、実現が難しい。ほとんど“場所取りゲーム”状態になっていて、どのバス停の近くに住むかは重視されても、バス自体の乗り心地は二の次…である。

家は買うもの?

 昔は「家を買う」ではなく、「家を建てる」と言った。「家を建てる」とは、熟考を重ね、自身の生活風景と照らし合わせていく確認作業の連続である。設計者と協議を重ね、時にはレイアウトが変更となって大工が機嫌を損ね、発注ミスなどあって工期が遅れ、それでも方々の関係者を労って施主はお茶の準備をし、戦況を読みながら我が家の理想のカタチへと歩みを進めた。甚だ面倒だといわれることも多いが、皆で1つひとつの進行を踏みしめながら、家をつくっていった。完成時には報告も兼ねて餅まきなどでご近所さんに振る舞い、その地域へ根を張るという行為そのものを、その土地に立てていたように思う。

棟上げの餅まき風景イメージ 名取建築設計事務所HP
棟上げの餅まき風景イメージ
名取建築設計事務所HP

    一方、現代では家が商品化している。投資対象という経済側面も強く、それはあたかも取替可能な既製品のように、気に入らなければ返品するかのごとく、自身が重ねるプロセスは最小限に、カタログを見て「買う」。そして、その「住まいのカタログ」が注目を浴びることを目指して、この業界の人間はせっせとソレを刷り続ける。

 その家族が暮らしを拡げていくための心地良さ、土地に根差す地縁を創造することを、この産業の人間はどこかへ置き忘れてきてしまったのだろうか。施主を揺さぶり、住む人さえ気づかなかった潜在的ニーズを掘り起こし、選択肢を準備し、完全とはいかなくともニアな展望を臨む。

 リノベーションは「建てる」という側面に近いから、少なくともその意識がある人がリノベーションを積極的に選択していることだろう。だからこそ設計という作業過程は、少なくとも空間の良し悪しを、その家族にとって価値を最大化できるかどうかを非常に大きく左右する挑戦なのだ。心ある設計者なら、そのプロセスを実践し、実務のなかで闘っているはずだ。かつての棟梁のような世話焼きは、今はいない。何かと近所で暮らしの面倒を見る者がいた。それが地縁だったし、付き合いの連鎖だった。今は遠方から広告に取り囲まれ、用意された商品を陳列棚から抜き取り、レジで会計をするといったショッピングに集約されていく。いずれはECサイトに移行していくかもしれない。家の買い方は変わった。やはりここでも、経済に巻き取られているのだ。

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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