2024年06月23日( 日 )

建築物「垂直と水平」の魔物【中編】(2)

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 現在の建築学は「機械構造学」が背景にあり、そこには住まう人間のことが熟慮されづらくなっている。空間の始まりは外界から身を守る“シェルター”の役割から始まっており、“建築”という構造力学が導入されてからは、空間そのものが自立することが優位に立ち続けている。「どういう動線が、どういう人間の心を形成していくか」ということに対する深い考えがない。住む人が不在なのだ。この部分に大きく関わりをもつのが、生活動線の根幹“部屋の間取り”である。「新しいグランドデザインの建て付け」第3弾。前号では垂直に伸びる空間の代名詞として「タワマン」を例に挙げてきたが、今号では水平に広がる“間取り”の課題と可能性を考えてみたい。

犯罪も貧困も病気

 間取りの話に戻そう。「建築医学」という体系がある。「罪を犯すような人、貧乏に陥るような人、またそのような劣悪な健康状態にある人は、根底に悪い住環境があったのではないか」という見解。そのような問題意識をもっているのが「建築医学」である。

建築医学入門 松永修岳
建築医学入門
松永修岳

    昨今、生活習慣病と住まい環境とが、密接な関係にあることがわかってきている。過度なストレスは、その人の行動を変え、習慣を変え、意識を蝕んでいく。もちろん良い影響を与えることも反面では可能だが、良くも悪くも心身への影響を舵取りする“一方的に与えられた巣箱”状態となっているのだ。空間を使う側の人間の幸福感がおかしくなってきているのだろうか。空間がはたす役割と間取りが与えている影響が、現代生活の在り方、暮らしのなかでの有用性とミスマッチしているのか。「間取り」にまつわるエピソードをいくつか紹介しながら、その課題を洗い出してみたい。

「子ども部屋」というリスク

 ネットいじめの件数が過去最多になったという。部屋に引きこもり、SNSに邁進する若者、もしくは若者以外もあるだろうか。立てこもり事件、殺傷事件、薬物、自殺など、悲惨なニュースが後を絶たない。現代の子どもたちの巣窟(子ども部屋)は、どのようになっているのだろうか。閉鎖された空間で何を考えていたのか、その行為におよぶまでに何かできることはなかったのか、子どもを見守る家族、地域、社会、与えられた環境が、何かしら救いの手を差し伸べられなかったのかと案じる。

子ども部屋というリスク pixabay
子ども部屋というリスク
pixabay

    「子どもがキレる」という現象は、寒々しい心や身体の状態を生み出した住宅環境や学校・教育環境の状況に、その原因の一端があると考えられる。暗然たる状況はストレスを内側に溜めやすく、温もりはストレスを解放してくれる。ストレスが無意識のうちに蓄積してしまうようなライフスタイルのなかに本人が巻き込まれると、攻撃性が蓄積され「キレる」という現象が起こりやすくなる。そして行きつく先に反社会的な行動(殺傷、放火、無差別テロ…)。ストレスが溜まらないような部屋に、子どもたちが居られるようにしなければならない。

 犯罪少年が出る家の特徴は、玄関のならびに水廻りがきているといわれる。玄関のすぐ隣にトイレやキッチン、風呂、いわゆる生活感のある配置になっている。だから帰ってきても、心が荒れる。玄関に入るとすぐに階段が見え、リビングに行くより先に自分の部屋に引きこもる。家族との会話がなくなり、こっそりと外出もできる。顔を合わせない間取りに沿って毎日行動することで、家族が引き裂かれ、青少年犯罪を助長させるのだ。実際、神戸連続児童殺傷事件犯人の家の間取りは、玄関に入ってすぐに階段があった。

建築医学とは

 神戸連続児童殺傷事件(兵庫県神戸市/1997年)は、通り魔的犯行、遺体の損壊、挑戦状の郵送、被害者がすべて小学生など、残虐行為が目立つ特異な事件だったが、後に逮捕されたのが14歳の少年(A少年とする)だったことが、社会に最も強い衝撃を与えた。

A少年宅の間取り 参考文献「建築医学入門」より
A少年宅の間取り
参考文献「建築医学入門」より

    この少年が住んでいた家の間取りが公表されていた(参考文献:「建築医学入門」より)が、それによると玄関を入るとすぐに階段が見え、階段を上がってすぐのところにA少年の部屋があった。つまり、少年が家のなかで孤立してしまうような部屋の間取りになっていたのだ。少年の動向や感情の機微に、気づくことができなかったのだろうと推察できる。

 そして玄関の横には窓のあるトイレがあり、外から誰かがトイレに入っているのがわかってしまう配置。生理的行動が外部へ露呈されてしまうことで感情の不安定をもたらし、生物的な情緒の安寧をもたらすことができなかったのではないかと考えられる。

 生活感がにじみ出る家では、時に秩序が乱れ、安定した精神バランスを保てない状態に陥ることも考えられる。その他、子ども部屋のドアを開けてすぐに壁があると前頭葉を圧迫してやる気を奪ったり、うつ病、不登校、引きこもり、キレやすい習性をつくってしまう間取りもあるので注意したい。

 健康状態、家族関係、経済環境…、これらすべての問題は、1人の人間のなかで有機的につながっている。脳と身体と環境のつながりを考察し、住環境や職場環境を変えることによって、疾病の防止にとどまらず、積極的に脳を整え、活性化させて刺激を与える住環境をつくるための技術体系が「建築医学」だと言われている。間取りの根幹をなす部屋の配置は、悪しき慣習を生み出すだけでなく、鬱々たる思考の温床となり得ることもあるので注意が必要だ。

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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