2024年05月12日( 日 )

建築物「垂直と水平」の魔物【中編】(3)

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 現在の建築学は「機械構造学」が背景にあり、そこには住まう人間のことが熟慮されづらくなっている。空間の始まりは外界から身を守る“シェルター”の役割から始まっており、“建築”という構造力学が導入されてからは、空間そのものが自立することが優位に立ち続けている。「どういう動線が、どういう人間の心を形成していくか」ということに対する深い考えがない。住む人が不在なのだ。この部分に大きく関わりをもつのが、生活動線の根幹“部屋の間取り”である。「新しいグランドデザインの建て付け」第3弾。前号では垂直に伸びる空間の代名詞として「タワマン」を例に挙げてきたが、今号では水平に広がる“間取り”の課題と可能性を考えてみたい。

「子ども部屋おじさん」が向かう先

 社会人になっても親元を離れず、実家の子ども部屋に住み続ける中年の独身男性を指すのが「子ども部屋おじさん」だ。40代を過ぎて無職もしくは極端な低収入、50代を過ぎての引きこもりなど、70代・80代の親の元で同居していることは、社会問題にもなってきている。

 何らかの原因で職に就くことが難しく、生活に苦しくなって実家に戻るケース。体を壊して退職し、一人暮らしが難しくなって親元を頼り、社会復帰できずにそのまま実家に居続けるといったケースも多いようだ。引きこもりの子どもが長期化すれば、親も高齢となり、生活や介護に関する問題が発生するようになる。80代の親と50代の子の親子間での問題であることから、「8050問題」と呼ばれるようになった。対象になっている年代は、バブル崩壊後の就職難にあった就職氷河期世代が多いと言われている。就職活動に失敗した者も多い氷河期世代は「団塊ジュニア」「ポスト団塊ジュニア」と重なり、潜在的数は1,600万人以上とも。このまま放置して高齢化すれば「9060問題」になるという指摘もある。親が働いていて元気なうちはまだいいが、高齢化して引退していくと収入も減り、さまざまな理由から外部への相談も難しくなってくる。近所の目も気になり、親子で社会から孤立した状態に陥っていく。「孤立は本人の努力不足からくる」と蔑視する自己責任論の社会風潮も、困窮者が相談しづらく孤立化に追い打ちをかけているという。

8050問題に関する調査 関西クリーンサービスHPより引用
8050問題に関する調査
関西クリーンサービスHPより引用

 実家暮らしでは当然、かつて過ごした子ども部屋で生活するのが自然な流れだ。大人になっても子ども部屋に居続ける子ども。たとえその子が40代・50代になったとしても、親からすれば、いつまで経っても可愛い我が子。幼少のころに取り付けたカーテンが40年の時を経ても、変わらずそこにかかっているといったケースも珍しくないという。時が止まった竜宮城状態である。これが「子ども部屋おじさん」たる所以だ。日々の食事や洗濯など、身の回りの面倒を無条件に見てしまうのが親というもの。はじめは子どもの不遇を案じて手をかけていた母親や父親も、長い月日とともに体力を消耗し、気力も続かなくなってしまうこともあるだろう。

 それでも、実家の居心地が良いという感情は、親と子の関係が当然良好であり、反発や不満もなくお互いに干渉せず、良い距離感をもって共存できているということになる。それはそれでいいのか。当の本人は居心地の良いその環境から抜け出せなくなり、恵まれた環境ということも忘れて、実家に寄生し続ける。

 一方で、親も子どもに依存し、側にいてくれると楽しいし、何なら「老後の介護も近くで見てほしい」といった強かな戦略もあるかもしれない。お互いに親子が共依存する関係は、幸せな選択といえるのだろうか。

親のための“個室”か。

親が解放されるための“個室”か。 pixabay
親が解放されるための“個室”か。 pixabay

    たとえば、子どもが親の元へ愛情を疑うことなく、小さな歩幅で歩み寄ってくる年ごろだったとしよう。いつからかその子の自立と尊重を込めて、子ども部屋に押し入れ、親としての肩の荷を少し降ろしたとしよう。その瞬間である。そのタイミングが本当に正しいかどうか、もう一度考えてみてほしい。本当に今、その子に個室が必要なのか。子ども部屋を必要としているのか。その子は密室に入っても自己を安定させられるのか。見えないところでも欲望に流されず、毅然とした姿勢を保つ人格までに成っているか。間違いを回避できるほどの決断をもつに至っているだろうか。本当はまだ両親の間に挟まれて眠りたいと思っていないだろうか。学校の宿題は、お母さんとの掛け合いのなかで進めても良い時期ではないか。リビングでゴロゴロしながら、今日あった出来事などをおしゃべりしたい年ごろではないか。親として自信をもって、子どもを個室に送り出してやることができているだろうか。

 その部屋に机やベッドやおもちゃが完備されたら最後、その子の成長は自己流へと歩みを変えていくことだろう。子ども部屋の始まりが、もしかしたら子どもにとっては寂しさの始まりになるかもしれない。だから、できるだけ扉は閉めず、できるだけ壁は少なく、声が聞こえ、顔が見えるほどの簡易的な仕切り部屋で十分なのではないか。それぐらいで子どもは、十分に個室っぽさを堪能できるのではないだろうか。その子に合った良い答えを探してみてほしい。

子ども部屋は最小の空間で良い

コンパクトな子ども部屋例 SUUMO公式HPより
コンパクトな子ども部屋例
SUUMO公式HPより

    ある施主が設計者に言い放った。「この家は私が自分のために建てます。子ども部屋を優遇する必要はありません。第一、居心地の良い部屋をつくったら、子どもが家を出ていきません。子どもは家を出るものです」と。

 子ども部屋を与えれば子どもは自立するといわれるが、日本の現状は、子どもの逃げ込み部屋、隠れ家になっているようなところがある。壁に囲まれた要塞である。一方、親のほうはあてがった子ども部屋で何をしていようと、“居さえすれば心配が低減される”というような安心材料にもなっている。そんな使われ方をする子ども部屋とは、何なのだろうか。「こもり部屋」になってしまって、家族みんなで集まる場所(リビング、ダイニングなど)に出てこないという状況も少なくない。“ある程度成長するまでは、子ども部屋はいらない”といった親の分別も、どこかで必要だ。

 「この子にはまだ密室は早い」「個室ではなくオープンな生活を送らせたい」「集中できる場所は部屋の外につくる」など、大人の教育思想が顔をみせる。子どもはいつだって自分の部屋が欲しいと願うだろう。しかし、いつの間にか大人へと成長し、1人の人格者として生きていく。子ども部屋が与えられなかったとしたら、一人暮らしを夢見るかもしれない。自ら率先して部屋の獲得に動くことは、自立するための高度な選択となるだろう。環境を用意することは、その者の人格を方向付けしていくものだと覚悟をもって臨むしかない。

たとえば子どもに部屋を与えるときに、
こんなルールをつくってみる

  • 子ども部屋を、至れり尽くせりにつくらない。
  • 子どもには最小限のスペースしか与えない、という親のメッセージを送る。
  • 子ども部屋にギリギリのものしかなければ、あとは必要なものを求めて部屋の外に出るしかない状況を用意する。
  • 子ども部屋はベッドしか置けないくらいのコンパクトな空間とし、寝るときだけ部屋に入る。
  • 子ども部屋に不足している要素は部屋の外に集め、「子どもたち専用の共用部」をつくる。
  • 扉にカギをかけない。
  • 扉を閉め切らない。
  • あまりつくり込まないという手段も有効かもしれない。壁で部屋を区切るのではなく、可動式家具で空間を仕切るなど、フレキシブルに部屋を可変させる方法。
  • 子どもの成長を通じて大きさを変えていけるような、段階的な仕掛けをつくる。

 20代のころは実家という資源を使って貯金をし、ある程度貯まってから家を出るという選択肢もあるかもしれない。まとまった資金があれば、夢を叶えるためのスタートも切れるだろうし、恋人と新しい家族をもつのもいいだろう。しかし、その若者が実家を出た後、諸事情を抱えて戻ってくることもある。なかには一度も出ずにそのままタイミングを逃し、30代・40代と年を重ねることもあるだろう。子ども部屋が子どもにとって心の拠りどころになる一方で、すがり続ける依存の空間ともなり得る。また、その精神へ傾く温床の場となっていくことも否めない。

 子ども部屋を与えた幼少期と違って、成人した子ども、仮に暴徒化した子どもを止めることは、親といえ容易ではない。そんな危険性も秘めた“個室”とは、かつて日本住宅のなかに存在しなかった。“子ども部屋”に限らず、個室という文化が入ってきた日本の社会は、どのような変化を遂げてきたのだろうか。また、この「個室」という形態が、日本人に合っているのかどうかも甚だ疑わしいのだ。

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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