なぜ不寛容社会になってしまったのか(3)
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今日日(きょうび)、子どもに“こんにちは、今日も暑いね”と、挨拶がてらこのように声をかけると、即座に不審者扱いされ、行政のLINEサービスで市民へ注意喚起の通達が出回っていく始末。これを現代では「不寛容社会」というらしい。
北欧と北米は「資格」
阿吽の呼吸
出雲神楽 © iku
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/日本は、同じ言葉や文化を共有する人々で成り立つ社会なので、阿吽の呼吸で作業が可能であり、品質管理や監査の手間も少なくて済む。その代わりに、人種の多様性から生まれる斬新性や、考えの異なる者同士の衝突から発生する文化の交わりを犠牲にしてしまっている。だからこそ、自分と相手との些細な違いを指摘して足を引っ張り合い、お互いに叩き合ってしまう。
西欧で「個人」が生まれたのは、12世紀と言われている。そのきっかけはカトリック教会における「告解」の普及と都市の成立だった。神の前で(実際は神父さんに対して)、自分がどんな罪を犯したのかを1人で告白し、許しを乞うことが義務だった。不合理なものを排除して、徹底的に自分を見つめ、自分の内面を探ることで「個人」が生まれたということ。西欧の個人は神という絶対的なものに対して、自己を確認しようとする姿勢のなかで生まれたのだ。
日本における「ウチ」「ソト」は、「世間(ウチ)」「社会(ソト)」に置き換えられる。欧米人は神との関係が重要で、日本人は「世間」との関係が重要。一般的な日本人は、個人的に問いかける神はもっていない代わりに、「世間」をもっているのだ。
「世間」という言葉は、自分と利害関係のある人々と、将来利害関係をもつであろう人々の全体の総称で、たとえば政党の派閥、大学などの同窓会、花やお茶、スポーツなどの趣味の会などであり、大学の学部や会社内部の人脈なども含まれる。ご近所付き合いなどを含めれば、「世間」は極めて多様な範囲にわたっているが、基本的には同質な人間からなり、排他的で差別的な性格をもっている。
世間が「セーフティネット」
「世間」という共同体は、自分が選んだものではなく知らないうちに巻き込まれ、そこにすでにあるものだ。明治維新以降、「世間」がなくならなかったのは、それがかろうじて人間を支えてくれたからだと考えられている。突然、「政府機構」「法律」「教育制度」「選挙」「軍制」「税制」と、まったく見知らぬものが次々と生活のなかに侵入してくる時代、混乱や反発も多かっただろう。導入する側は西洋まで調査に行き、「個人」や「社会」というイメージを知っているからまだいいが、いきなり変化の真っ只中に放り込まれたほとんどの日本国民は、目隠しをされたまま全力疾走させられるようなものだ。完成形のイメージも知り得ない。ほんのわずかのインテリには、まがりなりにもゴールは見えていたかもしれないが、ほとんどの日本人は、“西洋化とは何か”“どこへ向かうのか”がまったくわからなかったはずだ。そのとき、明治の国民を支えたのが「世間」だということは、想像に難くない。
企業も行政も新しい組織をつくり、そのなかに位置づけられることになった人々は、旧来の「世間」という枠組みのなかでかろうじて自己を守ることができた。拠り所を求められた「世間」は、近代化のなかで隠れたかたちで生き延びたのだ。明治以降、人々は家族と親族の絆を維持し、先祖供養の伝統をその関係のなかで守り、新しい文明のなかで自己の存在を守ろうとしていた。それらの総体が「世間」という枠組みを成すことになり、また「セーフティネット」として人々を守ってくれた。そして人々に生活の指針を与え、集団で暮らす場合の制約を課していた。それは広く捉えれば“公共性”であり、自己の欲望を抑制し、集団の利害を優先するための指針でもあった。
世間という共同体
美山かやぶきの里(梅雨の早朝) © rikky_photography
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/「空気」と「世間」
ここで鴻上尚史氏の著書『「空気」と「世間」』のなかの一文を紹介したい。
「先週、電車のなかにバッグを忘れたんです。もう、悲しくて、その話を日本人の友人にしたら、すぐにJRに電話をするというんです。そんなバカなと思ったら、僕のバッグは、置き忘れた網棚の場所に、そのままあったんです!」彼は、目を大きく見開き、信じられないという顔をしました。「フランスなら、間違いなくバッグはなくなっています。いえ、ヨーロッパなら、どこでもそうでしょう。持ち主が近くにいないとわかると、すぐに誰かが盗んでいくんです。日本人は何てマナーが良いんでしょう!これは奇跡です!」電車は東京の山手線のようでした。ぐるぐると回り、大勢の乗客が乗り降りしている電車に、そのままバッグが残っていたことに、彼は本当に衝撃を受けたようでした。
空気と世間 Photo-AC 2週間後、彼は困惑した顏で言いました。「今日、電車に乗っていたら、杖をついたお年寄りが乗ってきたんです。彼女はプライオリティーシート(優先席)の前に立ったんだけど、座っている日本人は誰も彼女と席を替わろうとしないんです。みんな、下を向いたり、平気な顔で携帯電話をいじりながら座っているんです。フランスなら、いやヨーロッパならどの国でも、すぐに誰かが立って彼女を座らせてあげますよ。杖をついているお年寄りを立たせるなんて信じられない!昨日はね、階段を女性が乳母車を抱えて降りてたんです。でも、誰も手を貸さないんですよ。彼女は必死に、赤ん坊が乗った乳母車を1人で降ろしているんです。いったい、この国のマナーはどうなっているんですか?」彼は本当に理解できないという顔をしました。2週間前、この国のマナーを絶賛しただけに、本当に戸惑っているようでした。
目の前に老人が立てば、8割以上の確率で欧米人は席を譲る。日本では5割を切っているだろう。まして階段を1人で乳母車を抱えて降りていく母親に「持ちましょうか?」と声をかけて助ける日本人は、1割以下だと思う。実は網棚に残ったバッグも、席を譲らない日本人も、同じ理由から生まれているのではないかと考えられる。
(つづく)
<プロフィール>
松岡秀樹(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。月刊誌 I・Bまちづくりに記事を書きませんか?
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