2024年04月29日( 月 )

木造化で森と都市をつなぐ未来へ(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

バウンダリーデザイン一級建築士事務所
代表 井上 浩平 氏

 オフィスビルや商業建築物などで、木造化の動きが活発化している。福岡県内の設計分野でも模索が始まっているが、彼らはメリット・デメリットについて、どのように考えているのだろうか。バウンダリーデザイン一級建築士事務所・代表の井上浩平氏に、普及に向けた動きや、そのために必要なことについて話を聞いた。

木造建築の事業性

木造クリニックの建方時の様子
木造クリニックの建方時の様子

 ──木造非住宅、中大規模の木造建築物が注目され始めています。どのようなメリットがあるとお考えですか。

 井上 私は、医療建築を主軸にした建築設計監理のほか、インテリアデザイン・監修などを手がけています。前職で幼稚園・保育園などの設計業務に携わっていた関係で、延床面積500m2以下の低層木造建築にいくつか携わりました。非住宅を木造で建てるメリットとしては、建設コストと工期短縮・ランニングコストの低減・事業価値の最大化という3点です。

 まず、建設コストと工期短縮については、RC造より工期が短く、S造より建設コストを抑えられる点が挙げられます。私のところに依頼のある小規模なクリニックでもこの点が木造を選ぶ一番の理由です。工期が短いということは早く開業ができるため、事業者には大きなメリットになります。原材料費高騰で、RC造よりS造が高くなっているという情報も耳にするようになり、4階建以下程度の中層ビルなどで、木造化が進むのではないかと考えています。

 次に、木材は鉄やコンクリートに比べ熱伝導率が小さく、適切な断熱施工を行うことで、省エネルギー性能が向上するメリットもあります。空調などランニングコストを抑えることができ、温熱環境が良くなるということは、顧客・従業員・経営者にとってもメリットになります。

 最後に、事業価値の最大化としては、差別化が図れる点が挙げられます。10年ほど前、前職で木造園舎を設計したのですが、その幼稚園の近くに住む知人から「子どもを通わせたかったけど人気すぎて入れなかった」という声を聞き驚きました。もともと人気のある幼稚園ではあるのですが、県産材補助金を活用して内装木質化をした園舎も好評だと聞き、嬉しく思いました。木質化はコストがかかりますが、それは価値となり、事業にメリットとして返ってくるという考え方もあります。

設計・施工で課題も

クリニックの上棟式餅まきの様子
クリニックの上棟式餅まきの様子

    ──クリアすべき課題は何でしょうか。

 井上 まだまだ私も十分な整理ができていませんが、設計手法の確立、木材の調達、生産システムの効率化など課題は少なくありません。まずは設計者、施工者、サプライチェーンに関わる人たちとのコミュニケーションを、もっと活発にしていくことが必要だと考えています。

 たとえば、木材調達という考え方だけとっても、構造計算上必要な断面寸法が流通材にないケースがあります。特注すれば伐採から乾燥・加工まで多大な時間を要し、それが施工段階で発覚したとなると、工期のロスにつながります。設計者も調達の流れを理解しながら特注で必要な材料は早めに調達に動く必要があり、または流通製材の断面寸法で構造検討するなどの工夫が必要です。CLTを使おうと思えば製造できる工場が限定され、運搬についてや設備の取り合いについてなどで、頭を悩ますかもしれません。施工者にとっても、資材調達・コスト管理・工程管理などの大変さがあります。

 木材生産サイドでは、人手不足や外国産材とのコスト比較、JAS規格材の加工工場の整備といったように、立場ごとに課題があり、それぞれの苦労話を聞くだけだと「お互い大変ですね」で終わってしまいます。ですが、大事なのはこれから。「未来の姿」に対して、同じ方向を向くことが大事だと思っています。日本の森と都市をどうつないでいくか。その青写真を描くことも、私たち設計者の役割になるでしょう。さまざまな立場の領域を横断しながら、建築以外での木材利用も含めて、何か小さな、前向きな変化を起こしていくことが大事だと思っています。

 ──木材調達先を指定することは難しいという問題も、指摘されていますね。

 井上 たとえば、依頼主から設計事務所や建設会社に「福岡県産材で中大規模木造建築物を建てたい」という話があったとします。しかし、その要望への対応は難しいのが現状です。森林組合は人材難などの問題を抱えるなかで計画的に木を伐採しており、加工・流通事業者は適正な価格で木材を流通させています。福岡県では、特別な需要に対する伐採や加工、流通のサプライチェーンが整っていないため、通常の枠組みから外れると調達価格は非常に高額になり、建設コストが跳ね上がってしまいます。そうなると九州、あるいは国内、海外から調達するほうが、コストメリットが生まれることになります。中大規模の木造建築物の普及には、そうした問題も横たわっているのです。

(つづく)

【田中 直輝】


<COMPAN  INFORMATION>
バウンダリーデザイン一級建築士事務所

代 表:井上 浩平
所在地:福岡市早良区室見3-9-21-202
創 業:2015年6月
URL:https://boundary-design.com/


<プロフィール>
井上 浩平
(いのうえ・こうへい)
バウンダリーデザイン一級建築士事務所 代表 井上浩平 氏1983年福岡県生まれ。九州産業大学工学部建築学科卒業後、(有)ズークに勤務。2015年に井上浩平建築設計事務所を創業し独立。21年に「BOUNDARY DESIGN」に名称変更した。一級建築士(第369197号)、宅地建物取引士、住宅性能評価員、福岡県ヘリテージマネージャーの資格をもつ。(一社)福岡県建築士会、(一社)福岡県建築士事務所協会(理事)に所属。

(後)

月刊誌 I・Bまちづくりに記事を書きませんか?

福岡のまちに関すること、再開発に関すること、建設・不動産業界に関することなどをテーマにオリジナル記事を執筆いただける方を募集しております。

記事の内容は、インタビュー、エリア紹介、業界の課題、統計情報の分析などです。詳しくは掲載実績をご参照ください。

企画から取材、写真撮影、執筆までできる方を募集しております。また、こちらから内容をオーダーすることもございます。報酬は1記事1万円程度から。現在、業界に身を置いている方や趣味で再開発に興味がある方なども大歓迎です。

ご応募いただける場合は、こちらまで。その際、あらかじめ執筆した記事を添付いただけるとスムーズです。不明点ございましたらお気軽にお問い合わせください。(返信にお時間いただく可能性がございます)

関連記事