2024年04月30日( 火 )

「孤独」の処方箋(前)、国民病を分析する(3)

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孤独の対症療法 PAKUTASO
孤独の対症療法 PAKUTASO

 日本のサラリーマンは忙しすぎる。たとえば50代以上の「モーレツサラリーマン」であれば、仕事最優先、出世や昇進を目指してがむしゃらに働くなかで、社外のコミュニティ活動などになかなか時間が取れない。ここのところの「働き方改革」で突如暇ができても、いったい自分が何をやりたいのかわからないと戸惑う人も多い。「イクメン世代」の30代・40代の男性たちは、仕事も家事も頑張れとハッパをかけられ、自分の時間もままならない。本人は頑張っているつもりでも、妻にはダメ出しをされ、毎日家庭と仕事との板挟み…。男たちは結局、友人との時間、趣味の時間、自分の時間をあきらめざるを得なくなってしまう。自分の人生なのに借りもののように生きた結果、周囲との関係性を深めることができない。孤独に陥りやすい男性、その原因を推考し、全方位から対症方法を考えてみたい。

“活動”を最上位に

 楽しそうに、おしゃべりしながら、物を売る。近所の仲間というコミュニティや家族といった緊密なネットワークのなかで長く働き続ける「定年なく働く人たち」は、かつて日本にも大勢いた。しかし今では10人に9人が会社員、つまり「定年」という人為的なシステムによって、働き続ける権利を自動的に失う社会となってしまった。

 人間の営みを「労働、仕事、活動」の3つに分類した、20世紀の哲学者ハンナ・アーレントは、「活動」→「仕事」→「労働」の順番で重要性を説いた。「労働」は奴隷のもので、「仕事」は職人がし、「活動」こそ市民がすべきことだと。しかし産業革命が起こり近代社会に入ると、人間の生活における優先順位は逆転し、労働が価値の最上位にきてしまったことを問題視した。

 「活動」とは、生涯を豊かにしてくれる思想。たとえば潤いをもたらしてくれる香水のようなもの。なくても生きていけるが、あると人生を楽しくしてくれる。香水は自分の匂いを消し、好きな匂いを新たに纏うことができる。自分のアイデンティティーを黙って他者へ伝えられる便利なアイテムだ。孤独に陥る人は、この「活動」に当たる部分が抜け落ちているのかもしれない。人生の多くの時間を仕事、もしくは労働に割いてしまい、期間終了後は何も残らない。自分のなかに「活動」たる精神が残っていれば、孤独との向き合い方も変わる。人生を捧げることのできるテーマを追求し、探求し続けることは、仕事と同等以上の充実感を得られるはずだ。SNSが普及した今なら、その活動や意志や履歴を発信することは、容易にできるだろう。

 ちなみに、私の今の人生をアーレントの分類に当てはめてみると、“DESINESSCATION”()が「活動」、“空間設計”が「仕事」、“情報発信”が「労働」といったところ。しかし、自分の営みをどれかに分類することが重要なのではなく、すべてが「お金を稼ぐための労働」に飲み込まれていないことが大事だという。仕事や労働の上に「活動」という軸を据えてみてはどうだろう。何もない日常もそのフィルターを通して見ると、違った刺激をもたらしてくれるかもしれない。

(※)「DESINESSCATION」は、筆者が考える“デザイン、ビジネス、教育”を組み込んだ提唱のこと ^

活動を最上位に据えてみる PAKUTASO
活動を最上位に据えてみる PAKUTASO

暇でもいいじゃないか

 病気になる人々を観察し続けてわかったのが、その共通した病理は心臓病でも、糖尿病でもなく、それは孤独であるということ。孤独は深刻化する伝染病であり、その対処は喫緊の課題だ。日本人の「孤独の深刻度」は、世界のなかでも群を抜いているという。多くの健康・社会問題の根底にある男性の「孤立」「ひきこもり」は、これからもっと肥大化し、深刻化していくだろう。「定年を迎えたら、プライドと驕り、そして肩書を徹底的に捨てなさい」といわれる。なぜなら孤立の原因となる硬い“鎧”が、まさにそれに当たるからだ。

 他者から孤立していると勘付かれないよう、わざと忙しくしてみる。自分で孤独だと落ち込まないよう、暇ではない風に装って過ごす。そんな行動も気になるところだ。現代人はブランド品を見せびらかす代わりに、「忙しくしている自分を見せびらかしている」という。

 かつては、「暇」こそ権力と富の象徴で、「働かなくてもいいこと」は金持ちの特権だった。しかし、現代ではそれが逆転し、「忙しさ」こそ見せびらかしの対象になる。忙しいということは、その人に対する需要が高いということを示す。有能で野心があり、人から望まれる資質をもっているということであり、ダイヤモンドや車や不動産といったものより、忙しいということのほうが希少価値をもっているのだ。男たちはこの“忙しくしている自分”という呪縛も脱ぐことができない。要は、仕事量を結果的に減らすことができずにいる。

 暇だと思われてもいいじゃないか。仕事はそこそこにして、自分の好きな活動に半分軸足をずらす。1つの仕事だけにフルコミットする時代でもない。労働して得られる対価のないボランティアだって、コミュニティを拡げていく価値があるではないか。そう考えていくことは、わかっていてもそう簡単にはできないのだ。

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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