NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。
今回は、7月25日付の記事を紹介する。
トランプ大統領は関税政策に関して、日本との間で「史上最大の合意に達した」と自らの成果を誇示していますが、その詳細は明らかにしようとしません。ホワイトハウスも日本の官邸や外務省も、メディアからの質問に答えをはぐらかすばかりです。そもそも、「関税率を25%から15%に引き下げることで合意した」とは言うものの、日本からの鉄鋼やアルミニウムに対する50%の関税はその対象外に据え置かれています。
加えて、アメリカが事あるごとに要求しているように、日本の防衛予算は現状のGDP2%の目標を3%から5%に増額せよとの圧力にどう応えるのか、石破首相も赤沢大臣も口をつぐんだままです。日本政府は関税交渉と安全保障政策は切り離すと繰り返していましたが、どうやらトランプ大統領には通じなかったものと思われます。
また、日本の対米貿易黒字の4分の1以上を占める自動車輸出については、関税率が15%となれば、日本の自動車メーカーは万々歳のようですが、アメリカの自動車メーカーはカナダやメキシコの自社工場を経由するために25%の高関税の負担を余儀なくされます。
そのため、フォードやGM などからは「アメリカの自動車産業が不利な競争を強いられる」と猛烈な反対が起きています。自動車労組からも同様に懸念の声が出始めているではありませんか。これでは日本の自動車に対する不買運動も起きかねません。日本企業にとっては先が読めない不安感に苛まれる状況が続くでしょう。
要は、日米両政府ともお互いに都合のいいように解釈できる合意を吹聴しているだけの話で、火種を残したままと言わざるを得ません。例えば、トランプ大統領は「日本がコメ市場を開放することに合意した」と自慢していますが、日本政府は「現在のミニマムアクセスの範囲内で米国産のコメの分量を増やす」と言っているだけの話。石破首相も「日本農業を犠牲にすることはあり得ない」と強調しているほどです。早晩、「言っていたこととやっていることが違う」といった対立が火を噴く可能性が多分にあります。
そんな中途半端な合意でお互いの面子を立てざるを得ない背景には石破政権の国内での支持率急落とは比較にならないほどのトランプ大統領の「エプスタイン・スキャンダル」によるアメリカ国内での支持率の暴落が影響しています。悪名高い大富豪のエプスタイン氏がトランプ氏と長年に渡り少女売春に関わっていたことを裏付ける証拠を司法省が握っているとの指摘です。更に、イーロン・マスク氏も「トランプはエプスタインの顧客だった」と暴露発言を繰り出す有様。
危機的な事態に直面するトランプ大統領とすれば、「日本から新たに5,500億ドルの対米投資を獲得し、その利益の90%をアメリカ国民に分配する」とPRすることで、自らの犯罪的行為がもたらしている不人気ぶりを解消しようと目論んでいることは容易に想像できます。しかし、日本の半導体や医薬品メーカーがいつまでに80兆円を超える対米投資を実行するのか、具体的なシナリオは提示されていません。
石破首相は8月末までに辞任の意向を正式に表明すると見られていますが、時間稼ぎに過ぎません。今回の関税率の引き下げで「トランプと交渉できるのは俺しかいない」と、明らかに辞任先送りに動いています。何しろ、8月には広島、長崎での原爆慰霊式典や東京での終戦記念日の催しが目白押しで、しかも8月20日からは横浜でアフリカ開発会議(TICAD)も予定されており、石破首相はいずれにも参加する意向です。
そうした多忙な日程をこなすことで、党内外の「アンチ石破」の動きをけん制しようとしているものと思われます。とはいえ、石破首相が早期に辞任しようがしまいが、自民党の先行きは厳しいものであることは変わりません。今回の参議院選挙でも明らかになったように、参政党や国民民主党が国民の関心に巧みに訴え、議席を増やしています。比較第一党というものの、自民党は野党との妥協がなくては何も決められない「漂流国会」が日常化するはずです。日本にとってもアジア、世界にとっても、決して望ましい状況とは言えません。
こうした事態を打開するには、「火中の栗を拾う」という強い意思の力と実行力を兼ね備えた、しがらみのない政治家の登場が欠かせません。現時点で名前が挙がっている「古株」では、新機軸を期待することはできず、国民の支持を得ることもあり得ない話。そのことにすら気づかないとすれば、自民党は「自滅党」となるしかありません。
著者:浜田和幸
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