自民党総裁選の告示直前の20日、古賀誠元自民党幹事長は日本教職員組合(以下、日教組)の定期大会で戦後80年をテーマに講演を行った。
日教組OB議員との縁で講演
古賀氏は、戦後生まれの国会議員が増えたことに言及し「戦争も外交でいえば理屈の1つだと考える若い人が多くなった。それは否定しないが、戦争には理屈を超えたものがある。極めて危険だ」と懸念を示した。また、靖国神社に合祀(ごうし)されたA級戦犯の分祀も行うべきとの見解を示した。
古賀氏は元日本遺族会会長で、現在も福岡県遺族連合会の会長や全国道路利用者会議最高顧問を務めている。かつて派閥会長を務めた旧岸田派(宏池会)を中心に政界に強い影響力をもつ。「道路族」と呼ばれる一方で政治信条はリベラルであり、『憲法九条は世界遺産』の著書がある。岸田政権発足後、TBS「報道特集」のインタビューに応じた際、安倍晋三元首相や麻生太郎元首相を名指ししたうえで「あの人たちの言い分をいつまでも聞いているようではいけない」と発言したことが物議を醸した。
戦後、安保法制や教職員の勤務条件、日の丸・君が代などをめぐり、日教組と旧文部省・自民党は激しく対立した。古賀氏の地元・福岡県では1970年代、全国トップの教職員のストライキ参加率を記録し、「偏向教育」と批判が出たほど激しい教育現場での運動が展開された。
こうした経緯もあり、福岡には旧社会党系で立憲民主党や社民党を支持する福岡県教職員組合・福岡県高等学校教職員組合(いずれも連合加盟)と、日教組のリベラル路線に対して「教育正常化」を掲げる保守系の福岡教育連盟(全日本教職員連盟に加盟)があり、教育方針や政治的な考え方の隔たりは現在も大きい。
古賀氏もこれまでの経緯は熟知しており、講演後、メディアの取材に「来ていいのかな、とも考えたが、戦後80年という戦後の節目であり、自分の考えをお話しした」と趣旨を説明した。今回の講演が実現したのは、参議院副議長を務めた日教組出身の輿石東氏と古賀氏が親しかったことが大きい。
古賀氏の講演を歓迎する福岡市議
関係者は「政局が背景にあるわけではない」としたが、自民党総裁選告示直前のタイミングであり、古賀氏はポスト石破に名乗りを上げた林芳正官房長官を高く評価し、水面下で後押ししているとされる。古賀氏は林氏を評価する一方、前述の発言などから岸田文雄前首相とは疎遠にある
林氏は山口県が地元だが、安倍晋三元首相と林氏は山口県連の主導権をめぐり激しく争った経緯がある。安倍氏の進めた安保法制や教育改革に日教組は反対してきた。総裁選に立候補した高市早苗氏は保守系団体・日本会議とも近く、靖国参拝など保守的な色合いが強い。古賀氏の動きについて、福岡県内の地方議員は「高市さん潰しが背景にある」と語った。
福岡市教職員組合のOBでもある池田良子福岡市議会議員は「日教組大会での古賀誠さんの講演は、改憲が声高に叫ばれる昨今において、元自民党幹事長の護憲の訴えは響くものがあろうかと思います」と高く評価したうえで「かつて元官房長官の野中広務さんを『護憲講演会』で福岡市に招いたことがあります」と語った。
野中氏と古賀氏は、所属派閥は違ったが、両人とも政治信条は「ハト派」で非常に近かったことは有名な話である。日教組にとって、憲法改正や安保法制に慎重な古賀氏の存在は、支持層に配慮するあまり、右寄り路線を強める自民党を牽制できると考えているのだろう。
一方、古賀氏の地元の牛島孝之八女市議会議員は「お父さんが戦争で亡くなられたことでの平和に対する考え方は理解できる」としつつも「日教組の活動をみると、たとえば北朝鮮の金日成を称えた幹部がいたり、日教組の活動はリベラルというより左翼といってよい。古賀先生は存在感を示す目的かもしれないが、誤解を招くことになるのではないか」と懸念を示した。
いずれにせよ、政界引退から13年経った今も古賀氏の存在は大きい。今回の総裁選でも麻生元首相との確執を背景に「福岡政局」と呼ばれている。
最近の外国人政策をめぐる動きを見ると、排外主義的な風潮が懸念される。明治・大正生まれの人がごくわずかとなり、戦後世代が多数派となった今こそ、古賀氏が訴える平和への思いを心に刻む必要がある。
【近藤将勝】