【新春トップインタビュー】顧客のニーズを掘り起こすことで農業縮小のなかでも新市場を開拓
(株)オーレックホールディングス
代表取締役社長 今村健二 氏

自走式草刈機・乗用草刈機の分野で、国内シェアトップクラスを誇る(株)オーレック。自社が製造する農業用機器の普及促進により、農業の現場が抱える課題の解決に貢献することで、日本および世界の「農業」の活性化を目指している同社代表取締役社長・今村健二氏に、2025年の振り返りと今後の展望などを聞いた。
(聞き手:(株)データ・マックス 代表取締役社長 緒方克美)
今後の成長に向けた
大規模投資を実施
──まず、2025年を振り返ってはいかがでしたか。
今村健二氏(以下、今村) 当社にとって25年は、これからの成長を見据えての重要な大規模投資を実行した年となりました。
今回の投資は、経済産業省の「中堅・中小企業の賃上げに向けた省力化等の大規模成長投資補助金」の交付対象として、採択を受けています。この補助金は、地域の雇用を支える中堅・中小企業が、足元の人手不足等の課題に対応し、成長していくことを目指して行う大規模投資を促進することで、地方における持続的な賃上げを実現することを目的としたもので、投資額の約3分の1が補助されるものです。今回の当社の大規模投資では、「製品開発」「生産」「販売・物流」という3つの領域を一貫して強化する投資であるという点が、採択の決め手となったようです。
まず製品開発面では、研究開発用の試作工場を新設して、製品開発力の強化を図ります。また生産面では、本社の工場を拡張し、現在の3ラインを2階建て工場にして6ラインに倍増させることを計画しています。さらに物流面も大幅に強化します。これまで当社の物流拠点は、九州と関東営業所の2カ所のみでしたが、今後の物流の厳しさを鑑み、本州に新たに2カ所の物流拠点を新設する計画です。具体的には、今の仙台営業所を4倍に拡張するとともに物流拠点機能をもたせて東北物流拠点にします。また、滋賀県の彦根市に新たな土地を購入し、営業所と大きな物流拠点を兼ねる関西物流拠点を設け、現在の関東営業所も含めて本州の物流拠点は3カ所体制となります。
今回の大規模投資は、当初から補助金の採択を目的としたものではありませんでしたが、こうした事業全体の一貫した成長への取り組みが評価され、採択に至ったようです。すでに拡張工事は着工しており、26年の夏以降に完成する予定となっています。
九州から関東へ
ゼロからの市場開拓
──今村社長は2代目で、いわば御社の“中興の祖”にあたりますが、事業を引き継がれた当時、オーレックのシェアはどれくらいだったのでしょうか。
今村 現在、私が社長に就任してから37年目ですが、就任当時の当社のシェアは、まだ極端に少なかったと思います。というのも、創業者である父が経営していたころは、まだ全国的に除草剤の全盛期で、果樹園でもどこでも除草剤が使用され、草刈機はほとんど売れませんでした。
しかし、果樹の結実性の低下や地力の低下、斜面での土砂流出など、除草剤を過度に使用することの弊害が明らかになり、農林水産省が土壌保護のために「草生栽培(草を意図的に生やす農法)」を打ち出しました。それから草刈機の需要が急速に伸び始めましたが、主要な果樹園地帯である青森や山形、長野、山梨などの東日本エリアでは、やはり現地のメーカーが強く、九州のメーカーである当社には販路がありませんでした。当社がつくっていた製品も九州エリアに合わせた仕様でしたから、そのまま東日本にもって行ったとしても、現地に適したメーカーの機械には敵いません。そのため入社当時から私は、どうしたら全国、さらには海外でも通用するメーカーになれるかをずっと考えていました。
──転機は何だったのでしょうか。
今村 当時の私の仕事は佐賀と長崎を毎日回ることでしたが、あるとき関東エリアを開拓すべく決意し、意気揚々と乗り込んだのです。ですが、行く先々で誰にも相手にされず、10件、20件と訪問しても、「九州のメーカーなんて」「そんな話は聞く暇ない」──と、すべて断られました。散々な目に遭いましたが、それが第一歩でした。
そこで「関東に拠点を構えないと」と覚悟を決め、私は結婚したばかりの妻を連れて埼玉県熊谷市に移り住み、2畳半ほどのスペースから1人で営業を始めたのが始まりです。その後、若いスタッフ1名を入れて、東関東と西関東に分担して開拓に挑みましたが、なかなか成果が出ないまま2年半が経過しました。しかし悪戦苦闘の末、その後の1年間は状況が大きく変わりました。
業界の常識を覆した
トップシェア製品の誕生
──そうした厳しい状況下で、いかにして関東市場でも認められる製品が生まれたのでしょうか。
今村 やはり、九州に合わせた仕様では関東で通用せず、現地に即した製品が必要だと痛感しました。幸いにも私は技術者でしたから、当社の不具合だらけの機械に触れるたびに、どうすれば良くなるのかが次第にわかってきました。現地で農機具屋さんの機械を借りながら改造し、性能を上げていったのです。その成果として、関東向けに設計し直した試作1号機ができました。
当時の自走式草刈機は馬力ロスが多く、ノロノロと動くのが普通でしたが、この試作機で私が狙ったのは草刈りのスピーディーさで、設計通りにすごいスピードが出ました。この試作機は、とくに山梨などのブドウ棚畑に最適でした。棚畑はコンクリートの柱が立ち、両端に筋交いが入っているため、両サイドの狭い部分には従来の大きな機械は入れません。しかし、当社の小型かつスピーディーな機械であれば、狭い箇所でも入ることができたのです。他社の大型機に比べて価格が安く、スピードがあるので広いところでも大型機並みに効率良く刈れ、さらには大型機が入らないところにも入れます。この試作1号機をあるお客さんに試しに見せたところ、「これは気に入った、置いていけ」と。
それまでは「買ってください」とこちらが頼む側だったのですが、そのとき初めて、「ぜひ欲しい。売ってくれ。金は今すぐ払うから」と言われたのです。試作機だからこれは売れませんと最初は固辞したのですが、あまりの押しに負けて、渋々試作1号機を置いていくことになりました。そのお客さんは地元でもすごく影響力がある方で、その方が「こんなに刈れて、値段も安いし、作業効率も良い」とあちこちで自慢しまくってくれたおかげで、こちらが宣伝していないにもかかわらず「ウチも」「ウチも」と、相次いで注文が入ることになったのです。その結果、本来なら何度もテストを重ねながらステップを踏んで製品化するところを、いきなり量産することになりました。これが当社の「ブルモアー」という製品で、現在も他社製品も含めた「ハンマーナイフモア」という種類の草刈機のなかでもトップシェア製品となっており、当社内で売上構成比30%弱のシェアを占めています。
困難な課題に挑み
ヒット作が次々と
──その後も、業界初のヒット製品を次々と生み出されます。
今村 埼玉にいた3年半で、多くの課題が見つかりました。その1つが畦(あぜ)を刈る機械の開発です。畦の草を刈る作業は非常に重労働で、水田に落とさないように斜面の草をあぜのうえにきれいに刈り上げて、なおかつ上面の草も刈り取る作業です。これは構造的に困難とされ、他のすべてのメーカーが「そんなものつくれるわけがない」「無理だ」と拒絶しており、当時は畦の草を専用で刈る機械は存在しませんでした。そこで私は、「どこもつくっていないなら、ひょっとしてウチがつくれたら、北海道から沖縄まで全国の畦を刈れるのではないか」とピンときて、その課題をいかに解決するかを考え抜いて、何とか製品化に漕ぎ着けて生まれたのが「ウィングモアー」です。畦道の上面と側面を同時に草刈り可能という業界初の畦刈機であり、爆発的なヒット商品となりました。
そしてウィングモアーをつくった後、今度は「段々畑の斜面の草刈りをどうにかしてほしい」という要望をいただきました。段々畑は急傾斜で、人が滑って落ちる危険があるにもかかわらず、刈払機で手作業するしかなく、非常に危険な作業でした。そこで「この斜面を刈る機械をつくろう」として開発したのが、「スパイダーモアー」です。これはおそらく世界最小の4輪駆動草刈機だと思います。4輪駆動で斜面に張り付き、人は安全なところを歩くだけで、機械が危険な斜面を刈ってくれます。このスパイダーモアーも、北海道から沖縄までものすごく売れています。
──そうして顧客の要望をかたちにしていくことで、シェアを伸ばされていったのですね。
今村 最初は1機種だった畦刈機・ウィングモアーも、全国に広がるにつれて、「もっと小さいものがほしい」「もっと長い斜面を刈れるようにしてほしい」といった要望を多くいただくようになりました。その要望を叶えるためにバリエーションを増やしていったことが、生産台数と販売の伸びにつながっています。スパイダーモアーも同様で、女性やお年寄りにとって重すぎるという声から、より小さいモデルを出すなど、要望に応じた広がりが出てきました。また、誰でも簡単に乗れるカート式の乗用草刈機を業界で初めて開発し、これもトップシェアを維持しております。こうしてお客さまの要望を受けながら、それまで世の中になかったものを試行錯誤しながら製品化していったことで、現在のように国内でもトップクラスのシェアとなることができました。
業界が逆風のなかでも
一貫して成長を継続
──今村社長が就任されてから現在までに、御社の売上はどのくらい伸長されましたか。
今村 私が社長に就任してから現時点で37年目ですが、就任当初の4~5年は多少停滞したものの、6年目以降は一貫して成長を続けています。37年間で売上は8.3倍になりました。具体的な数字でいえば、売上高26億円から24年12月期で売上高214億円です。25年12月期も売上高230億円くらいに着地する見込みです。
当社の成長は、業界の状況を考えると非常に異例かもしれません。というのも、私が社長になって以降の37年間で、農業機械の市場規模は約半分に縮小しているからです。日本の農業界の現状は、農家・農業従事者の減少や後継者不足、輸入農産物の影響など、まさに向かい風というか下り坂の状況です。さまざまな要因で業界全体が衰退するなかで、当社だけが8.3倍の成長を遂げたというのは、レアなケースだといえるでしょう。
農業従事者の減少に加え、「安ければ良い」という輸入農産物の外圧に晒され、国内の食料自給率は40%を切っています。国民の食料に対する危機感が、まったくない状態です。かたや欧米では、農家に対して所得補償制度があり、価格が暴落しても所得をきちんと補償していますが、日本ではそれがありません。こうした要因もあって、国内メーカーの多くが売上を落としており、メーカー数は以前より大幅に減少してしまいました。
海外市場の開拓と
有機農業への転換
──海外市場の開拓についても、お聞かせください。
今村 海外については、40年ほど前からヨーロッパを開拓してきました。海外の場合は芝刈機の需要がメインで、当初は国内でつくった製品を輸出していましたが、芝刈機は欧米のライバルメーカーも多く、価格競争が激しかったのです。そこでヨーロッパにまだないものとして開発したのが、乗用式の草刈機「ラビットモアー」です。これは芝ではなく、雑草を刈ることに特化した機械です。斜面でも刈れ、ぬかるみにはまっても抜け出せる機動力と頑丈さが特徴で、一般的な高耐久性を必要とされない家庭用芝刈り機とは一線を画しています。
欧米にはなかった乗用式の草刈機は、とくにワイナリー(ブドウ畑)で需要がありました。従来の芝刈り機ではとても刈れないブドウ畑の雑草を刈るのにぴったりで、価格は相応に高いものの、その高性能が評価されています。フランスのシャンパーニュやボルドー、ブルゴーニュといった高級ワインの産地でも、30年ほど前から当社の機械が入っています。
海外展開については、現在も強化しています。ヨーロッパ向けは国内製品を少し変えるだけで対応できますが、アメリカは市場に合わせて設計し直す必要があり、随時対応を進めています。また、アジア市場ではタイでの販売が好調で、ほかにベトナムやインドネシア、フィリピン、マレーシアなどの東南アジア地域の開拓を進めています。
──今後の事業展開や、新たな活路を見いだしている分野があればお聞かせください。
今村 日本の農業が縮小するなか、草刈機の需要はまだ拡大しつつあると見ています。1つは、安全安心な農産物づくりの流れです。農薬や化学肥料を減らそうという動きのなかで、草を刈る作業の重要性が増しています。
もう1つは、耕作放棄地の増加と鳥獣害の問題です。管理されない土地は草や藪だらけになり、イノシシやクマといった害獣が広がっていく原因になります。そうした耕作放棄地を刈っていこうという需要が高まっています。人口減少により、人が手をかけられなくなった部分を機械で補う流れが加速しています。
そして、最大の活路と考えているのが有機農業です。日本の有機農業の比率は現在わずか0.5%で、欧米に比べてあまりにも低すぎます。当社の草刈機は、農薬に頼らない有機農業における主役の1つですが、草刈機以外にも、有機農業に不可欠なのに現在は存在しない機械があるのではないか――そうした思いでこの有機農業の分野に今後の活路を見いだし、現在、研究開発を重点的に行っています。
現場の課題を解決し
持続可能な農業の実現へ
──今村社長は、優れた起業家を表彰する「EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2025ジャパン」の九州地区代表に選ばれ、「リージョナル・バイタライゼーション・リーダー部門」の大賞を受賞されました。
今村 アントレプレナーとは「起業家/事業家」を意味するのですが、「EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」は創業者に限らず、2代目や3代目であっても、従来の家業を変更し、それが急成長につながった場合にも該当する表彰です。私も創業者ではなく2代目ではありますが、先ほどお話ししたように、従来困難だった草刈りを機械化し、安全・安心な農作物の生産を実現するとともに、高齢化が進む農業現場の課題解決に貢献できたこと、業界が縮小していくなかでも8.3倍の成長を遂げられたこと、そして九州のローカルから全国、欧米などの海外市場にも販路を広げたことなどが評価されて、今回の受賞に至りました。
──最後に、26年の抱負についてお聞かせください。
今村 まずは、現在進めている大規模な設備投資が26年夏以降に完成していく予定ですから、これらをきちんと軌道に乗せていくことが第一です。また、海外ではまだ草刈機が主力製品となりますので、ヨーロッパやアメリカ向けに、現地のニーズに合わせた設計を進めていきます。そして現在、農林水産省が掲げる「みどりの食料システム戦略」に沿って、有機農業の拡大に貢献するため、化学農薬に頼らない除草技術や有機農業向けの専用機械開発を進めており、これをなるべく早期に製品化していきたいと考えています。
今後も、官主導だけでは難しい現場の課題を、長年培った技術力と地域との連携によって解決し、持続可能な農業の実現に向けて努力を続けてまいります。地域から生まれた技術を全国、そして世界へ発信することで、日本の農業技術の優位性を示し、農業に携わる皆さまに喜んでいただける仕事を続けていく所存です。
【文・構成:坂田憲治】
<COMPANY INFORMATION>
(株)オーレックホールディングス
代 表:今村健二
所在地:福岡県八女郡広川町日吉548-22
設 立:1998年1月(2023年1月名称変更)
資本金:1,000万円
(株)オーレック
代 表:今村健二
所在地:福岡県八女郡広川町日吉548-22
設 立:1957年7月
資本金:9,500万円
売上高:(24/12)213億6,442万円
<プロフィール>
今村健二(いまむら・たけじ)
1952年7月、久留米市出身。明治大学工学部卒。76年、父が創業した大橋農機(株)(現・(株)オーレック)に入社。営業部に配属され関東から東北エリアを開拓するとともに、現場の声を反映した製品が大ヒット商品に。88年、社長就任と同時に社名変更した。2023年、持株会社体制へと移行。








