福島自然環境研究室 千葉茂樹
記事中に掲載されている作品は、すべて所有者の許可を得て掲載しています。
会津に世に知られていない木版画家がいた。その名は「武藤信義」。私が住んでいる猪苗代町の木版画家である。彼の作品は、「田舎臭く」妙に懐かしさを感じる。
会津の木版画家といえば、「斎藤清」氏が有名である。しかし、私は、武藤氏の木版画は斎藤氏に劣らない優れた作品だと思う。今回は、その武藤信義氏の木版画を紹介する。

出会いは今から5年前の2021年、妙に懐かしさを覚える版画が売りに出ていた(画像01)。スタジオジブリのアニメに出てきそうな田舎の雑貨屋、傾いたかやぶき屋根、目に焼き付いて買ってしまった。私は、この作品で「武藤信義」を知った。何と私の住んでいる猪苗代の木版画家であった。
以下の記載は私の個人的な感想であり、私自身、版画とは縁のない世界に生きている。また、使用した画像は所有者から使用許可を得ている。
武藤信義とは
武藤氏の経歴「1932~1992年。59歳没」(画像02)。彼を知る方々から情報をいただいた。総合すると「猪苗代町でハンコ屋をしながら、趣味の木版画制作に没頭した。そして、会津をバイクで走り回って作品にした。また、70年代後半にヨーロッパ旅行をした。さらに、広報『猪苗代』の民話の挿絵もつくった。木版画の刷り数は多くて20枚、出来上がると知人に無償で渡した」という。
個展は少なかったようである。私の知るところ、晩年の90年11月に会津若松市の画廊で、また2012年3月に会津若松市のギャラリーで遺作展が行われた。
それぞれの版画の刷り数は少なく、また彼はプロではなかったので、地元でも知る人は少ない。最近、「刷りの助手」をした方(故人)の奥さまから、作品を借りて電子データ化した。このほか1名の方から作品をお借りした。現在、私が電子データ化した作品数は「52」である。制作年は1970年から90年で、大半の作品には、題名・サイン・制作年がある。また、制作年不明が14,無題が7である。
武藤氏の作品
一貫したテーマは「会津の風景」であり、とくに「会津の冬」が多い。制作期間を通して、いろいろなテーマに挑戦している。77~81年には地中海旅行の作品が見られ、81年には「能」をテーマにした。
刷りは、基本的に自分で行っていた。このため、刷り始めた70年代には「ムラ」が見られる。75年頃になると刷りがきれいになった。
作品の傾向は、70~85年は「心に写った情景(心象風景)」をそのまま版画にしている。だからこそ、私の心に突き刺さったのだと思う。晩年は、「構図の基本」に従った作品が多い。それ以前に見られた「構図のいびつさ」がなくなった。要するに「整った作品」である。写真でいうと「黄金比」という構図である。一般受けすると思う。ただし、私の目には「型にハマった面白くない作品」に映る。彼の作品の真骨頂は、「素直な心象風景」、言い換えれば「見る者を虜(とりこ)にする力」である。私からいえば「整った作品には、訴えるものがなく、まったく面白みがない」。
私は写真を撮る。写真も「初心者の時期には面白い写真」を撮ることが多い。これは、何も考えずに「心に写ったもの」を撮るからである。ある程度慣れてくると、「技術」や「構図」にはまる。実は、こうなると「まったく面白くない写真」となる。「型にハマりすぎ」である。絵画や版画も同様だと思う。大切なのは「感じたままの心象風景を素直に作品化すること」である。なお、「型にハマる」時期を過ぎると、構図を考えながらも「心象風景を大切」に撮影するように戻っていく。
彼の作品の特徴は、モノクロ写真と共通する。要するに「光をどう表現するか」である。基本は「白」と「黒」その中間の「灰色」、まさに明暗、「光そのもの」である。これは、彼の作品の多くに現れている。また、彼は灰色にほかの彩色を少量混ぜて、微妙な色彩の変化を与えている。その意味では、彼の作品の特徴は「灰色を駆使した作品」といえる。
これは、色彩中心の作品にもいえる。画像06は、彼の作品のなかでも異色で「色を多用」している。しかし、基本は「光と影」であり、そこに色彩を加味したにすぎない。だからこそ、立体的に見え、人々の動きが伝わってくるのである。
以上から、今回紹介する作品を見る場合、まず色ではなく「光」を感じていただきたい。彼の作品の「色」は味付けに過ぎない。
紹介する作品と注意点
今回、彼の木版画を電子画像で紹介する。作品は、私が選んだ10点である。
ただし、「実際の作品と電子画像とでは、見え方や感じ方がまったく違う」。質感といったものであろう。
まず、版画のベースも「和紙」もあれば「西洋紙(画用紙)」もある。厚手のものもあれば薄手のものもある。また、「インクの載り」も作品ごとに違う。しっとりと紙に馴染んだものもあれば、紙の上でインクが輝き「存在感」を示すものもある。
それから、問題は「劣化」である。50年以上前の制作で劣化が見られる。刷りの助手をしていた方は、多くの作品を「ファイルに入れて」保管していた。このため、空気や光に晒されていない。それでも劣化している。そして、気に入った作品は「額に入れて」飾っていた。こちらは、部屋の空気や光に晒されて劣化がより進んでいる。
また、劣化はわからないことが多い。作品により劣化の進みが違う。作品を裏返すと、インクの範囲のみが黄変しているものもあれば、その逆で台紙の四隅のみが黄変しているものもある。
もう1人の方から借りた作品は、すべて額に入れられ、日当たりの良い2階に飾られていた。劣化が進み、元の色から大きく変わっていた。
以下の画像は、パソコン上で可能な限り復元を試みたものである。
村の雑貨屋(1983)画像01
田舎の雑貨屋。スタジオジブリのアニメに出てきそうな佇(たたず)まいである。土蔵を改造した田舎の店、ちょっと傾いたかやぶき屋根、古めかしい看板たち、とくに赤い公衆電話の看板、これらは心に突き刺さる。刷りの状態もよい。また、偶然かもしれないが、中心部の濃厚な刷りに対し、周辺部は色の載りが若干浅い。これで、逆に田舎の店が浮き出て見える。実に印象深い版画である。
出会いは、2021年のヤフーオークション。画面いっぱい、そしてやや不安定な構図が目に焼き付いた。どうしても忘れられない版画であった。迷わず落札した。
届いた版画は、大切に扱われていなかった。無名の作家のためであろう。賞状用の額に、版画の四隅を折り曲げられて、無理やり入れられていた。私から言わせれば、無情な扱いである。
霜の朝(1973)画像03

この作品も印象的である。「妙な立体感」があり、何か懐かしさを感じる。
厳しくいえば、構図の基本に逆らっている。左側の蔵が、幾何学的には何か変である。その不安定さが、逆に見る者を虜(とりこ)にする。
この作品は、刷りの助手の家で、額に入れられ50年以上も飾られていた。作品の紙自体もやや黄褐色に変色している。電子画像化の際に補正しようとしたが、私の技術では無理であった。ところが、この変色もこの作品に趣(おもむき)を与えている。左上の空がとくに黄褐色化している。この変色が逆に「雪国の冬の空」をよく表現している。左から射す「冬の薄日の弱々しさ」が伝わってくる。これとは対照的に、中央の「真っ白い屋根」が立体感を与えている。
武藤氏の初期の作品であるが、彼の「心象風景」が伝わるすばらしい作品である。私からいえば、変な技巧に染まっていない「素朴な作品」といえる。
(つづく)
<プロフィール>
千葉茂樹(ちば・しげき)
福島自然環境研究室代表。1958年生まれ、岩手県一関市出身、福島県猪苗代町在住。専門は火山地質学。2011年の福島原発事故発生により放射性物質汚染の調査を開始。11年、原子力災害現地対策本部アドバイザー。23年、環境放射能除染学会功労賞。論文などは、京都大学名誉教授吉田英生氏のHPに掲載されている。
原発事故関係の論⽂
磐梯⼭関係の論⽂
ほか、「富士山、可視北端の福島県からの姿」など論文多数。








