2022年06月30日( 木 )
by データ・マックス

昔、痴呆老人は「神」だった(前)

大さんのシニアリポート第49回

 「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)の常連、中井夫妻が加齢による痴呆症状を示したことを報告した。わたしは最低限でも日常生活を送ることができる高齢者を認知症と断定したくない。認知症は病気である。病気だから「アリセプト」などの抗認知症薬を安易に投与することに疑問を感じてきた。確かに中井夫妻は1年前よりも物忘れがひどくなり、人の名前もしばしば失念する。でも、93歳と86歳の夫婦にとっては加齢による「呆け」と考えていい。ところが常連客の間から、「ああなりたくない」という声がしきりに聞こえてくる。どうやら認知症(痴呆)に対して、ある種の恐れと忌避感をお持ちのようだ。

img2 二十年ほど前、拙著『老いてこそ二人で生きたい』(大和書房)の取材で、埼玉県秩父市を訪れたとき、市の福祉担当者の話す言葉に衝撃を受けた。「特別養護老人ホームへの入所を家族から拒否される事例が多い」というのだ。「呆けた両親を施設に預けるのは親不孝」という考えが支配的な土地柄だった。さらに、「呆けた親を人目にさらすのは家の恥になる」と、離れに幽閉する家族もあったという。今春、「認知症の人が家にいるのは世間体が悪い」といって若年性認知症の妻を、まるで「姥捨て山」のように施設に強制入所させ、家族(三女)の顰蹙を買った夫(父親)の事例を紹介した。痴呆(認知症)に対する偏見は現在でも根強くある。自分が認知症になることへの恐怖感は半端ではない。口先では、「仕方がない」「誰でもなる可能性がある」といものの、連れ合いや子どもの名前も失念してしまうばかりか、自分の所有物さえ識別できずに、他人を「ドロボー呼ばわりしてしまう奇っ怪な生きもの」、つまり自分そのものを失う状態に恐怖感を抱くのは理解できる。

 興味深い本を読んだ。終末期医療全般に取り組む臨床医大井玄の著書『「痴呆老人」は何を見ているか』(新潮新書)である。そのなかで、「つながりの喪失が、認知症の人に『不安』という根源的情動を抱かせることになります」と認知症の人の内心を語り、認知症の人が表す、「怒りや妄想などは、存在を脅かすその不安が形を変えたもの」と規定する。”個人”を生きることを余儀なくされた現代社会では、つながり喪失の不安感が認知症を増大させ、「認知症になる自分」「認知症の人を見る」恐怖を、社会的、歴史的な視点を持ちながら現場(実例)から報告する。一方で、忌み嫌われてきた認知症(痴呆)の人がかつて”神”であり、大切に扱われてきた時代があったとも報告もしている。

「江戸時代の森林環境は子々孫々へ伝えるものとして大切に管理され、生きているものの利己的願望をも制御してきました。『痴呆老人』は、忠孝の倫理と祖霊信仰により大切に介護されていました。なぜなら当時の人は、『痴呆老人』を『神の自由な世界に一歩近づいたものと思惟し、祖霊に対するがごとくに接したのである』」(『』内は、新村拓『痴呆老人の歴史』より)と証言している。ではそれが何故恐怖、忌みの対象としネグレクトされるようになったのか。キーワードは「家制度の崩壊」にあった。

「敗戦国として戦勝国の価値観をそのまま正しいものとして受け入れ、人間は自由平等であり権利を持つ存在だという説が受け入れられました。個人が全体に奉仕することは『全体主義』であると忌避され、『家』という制度は廃止されて大家族から核家族へと代わり、地域の関わりは薄くなり、人間関係も希薄になる一方でした。戦後の経済発展により、暮らしの上では豊かになりました。煩わしいつながりを次々と切っていき、自由な個人が民主的社会を創ったとされています。しかし、そこにはやはり不安の偏在が生じました」「市場原理主義が横行し、人間を切り捨てることで効率を上げるのが当然という競争社会では、苦痛の意義を認めるのはむずかしくなります。そして苦痛を持つ人間は医療機関を訪れることにより『苦痛』を『病気化』するのです」(同)と結論づける。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 

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