2024年04月26日( 金 )

未病状態を把握する検査法を確立し、未病ケアにつなげる(後)

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自覚症状を数値化するマーカーを開発する必要がある

 一方、自覚症状があるのに検査では異常所見が見つからない東洋医学的未病については、自覚症状を数値で判定できる検査法やマーカーを開発する必要があります。

 その1つとして、日本未病システム学会・臨床検査部会では、大阪大学や地方独立行政法人りんくう総合医療センターとの共同研究で、毛細血管から未病状態を捉えるメソッドの開発に取り組んでいます。身体全体に張りめぐらされている毛細血管の長さは地球2周半分に相当する約10万kmにおよびます。

 一般的な検査では、静脈血栓症や動脈瘤など太い血管に目が向きがちですが、一番多い血管網は毛細血管なのです。毛細血管を画像で見てみると、血管内皮細胞が老化して血流していない状態、つまりゴースト血管(無機能血管)になっている様子を確認することができます。こうなるとすでに病気の状態ですが、その前段階の正常血管とゴースト血管の間の状態を定量化し、どの段階にあるかを数値化できれば、1つの未病マーカーになるでしょう。

 もう1つは、動脈硬化の原因とされる脂質異常を判定する方法で新たな課題があります。HDLコレステロールは善玉コレステロールと言われていますが、最近の研究では、HDLコレステロール値が高くても低くても動脈硬化症になりやすく、死亡率も高くなることがわかってきました。心疾患リスクとHDLコレステロールの関係を調べた研究データを見ると、4つの被験者グループのHDL濃度の平均値は同じなのに心疾患リスクに差があることがわかります。なぜ違うのでしょうか。

 これまでHDLは、コレステロールを末梢組織から肝臓に運搬していると考えられており、そのなかでも動脈硬化の病巣(プラーク)からコレステロールを引き抜く能力がまず重要です。HDLコレステロール濃度が同じでも心疾患リスクが違ってくるのは、この引き抜く能力の違いだったのです。今や世界ではHDLコレステロール量を測定するだけでなく、引き抜く能力を評価することが、心血管疾患を予防するうえで有用であると考えられてきています。メタボ健診などではコレステロール濃度を測っていますが、濃度(量)ではなく機能(質)を測ることが重要なのです。

 ただ、ここで問題になるのは、“引き抜き能”を測定する方法です。現状では、測定手段として、放射性同位体で目印をつけたコレステロールをマクロファージに食べさせた後、患者さんの血清から取り出したHDLを作用させ、培養液中に引き抜かれたコレステロールの放射活性の強さの割合をコレステロール引き抜き能として評価する方法が使われています。

 しかし、この方法だと放射性同位体で標識したコレステロールをあらかじめ取り込ませた培養細胞が必要で、手技が煩雑かつ時間を要するため、日常臨床で測定することは非現実的です。そこで我々は、引き抜き能を探る手法として、ピロリ菌の感染診断に用いられている安定同位体と呼ばれる検査ツールを使って、HDLの機能を評価する研究に取り組んでいます。HDLコレステロールの高さや低さだけでは把握しきれない機能評価法が確立できれば、動脈硬化になる恐れがある未病段階の人をスクリーニングすることができると考えています。

生化学的検査と生理的検査を抱き合わせたアプローチを

 この他にも、HDLコレステロールと心血管疾患発症リスクを調べる方法に、両腕・両足首の血圧と脈波を測定するCAVI(キャビィ)検査があります。これは血管のしなやかさ、固さを数値化して動脈硬化の状態を推し測るもので、数値が8以下であれば正常、9以上だと動脈硬化のおそれあり、8から9の間はグレーゾーン(概ね未病に該当)と判断されます。

 慈恵医大附属柏病院で行った研究では、魚油のEPA、DHAと、不飽和脂肪酸のアラキドン酸(AA)の血中濃度を測り、双方の比率を調べてみました。すると、AA高値で相対的にEPA、DHAが低い人ほど動脈硬化が進んでいることがわかりました。

 この結果は、久山町研究で実施された研究結果と同様の結果でした。久山町研究では、EPA/AA比が低下すると心血管リスクが3.8倍も上昇し、DHA/AA比では関連は軽度でした。この傾向は我々の研究結果とほぼ同じだったのです。EPAとAAの比率をみる意義は大きいといえます。

 さらに我々の研究では、AA濃度に着目して、AA高値の人とAA低値の人を比べてみました。臨床経験からAA高値の人は栄養が偏っていたり、糖尿病や潜在性の炎症があることがわかっていますが、AA高値で相対的にEPAが低い人ほど動脈硬化が進んでいることがCAVI検査で確認されました。

 先程の安定同位体検査とCAVI検査を組み合わせれば、よりクリアカットに検査結果が出るとともに、未病の値も浮き彫りになるでしょう。これからの未病検査では、生化学的検査と生理的検査を抱き合わせた新たなアプローチが必要になると考えています。

 未病検査の開発では、独立行政法人日本学術振興会が設置した研究チーム、「食による生体恒常性維持の指標となる未病マーカーの探索戦略」に関する先導的研究開発委員会(委員長:阿部啓子東京大学大学院農学生命科学研究科・特任教授)でも始まっています。

 ここでは、自覚症状はないが身体状態に異常な兆候がある「未病な状態」を的確に把握することを目的に、人のもつ生体恒常性に着目して、生体恒常性維持の指標となる未病マーカーについて、食のイノベーションをもたらすグローバルな新たな研究分野として議論しています。私は現在、委員会のメンバーとして研究に参加していますので、ここでの研究成果を未病検査法の確立につなげていきたいと考えています。

(了)
【取材・文・構成:吉村 敏】

<プロフィール>
一般社団法人日本未病システム学会 理事長 吉田 博 氏

1987年、防衛医科大学卒業。96~98年、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部留学。2003年、東京慈恵会医科大学内科学講座講師。07年、同大学臨床検査医学講座准教授。10年、同大学付属柏病院副院長。13年、同大学臨床検査医学講座教授。代謝栄養内科学教授兼任。
専門医:日本内科学会(認定医、総合内科専門医、指導医)、日本循環器学会(循環器専門医)、日本動脈硬化学会(動脈硬化専門医)、日本臨床検査医学会(臨床検査専門医・管理医)、日本老年医学会(老年病専門医・指導医)、日本臨床栄養学会(認定栄養指導医)、日本未病システム学会(未病医学認定医)、日本臨床薬理学会(特別指導医)。

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