2024年04月27日( 土 )

コロナの先の世界(15)イスラエルの経験と教訓(1)

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東洋英和女学院大学 学長 池田 明史

 NetIB‐Newsでは、国際経済連携推進センター(JCER)の記事を掲載している。今回は、情報コミュニティを活用してコロナ抑制に成功したイスラエルの事例を基に、生存権(感染阻止)と生活権(プライバシー保護)とのバランスについての問題を提起した紹介(2020年6月16日)。


感染状況の現状と経緯

 Covid-19(新型コロナウイルス、以下コロナ) の世界的な感染爆発が続くなか、人口規模では9百万人強という小国イスラエルにおいても、6月半ば現在で感染者は1万8,000人を超えている。この数は同時期の日本の感染者1万7,000人強よりも多いが、イスラエルが日本の13分の1程度の人口比であることを考えれば、感染率は相当に高いように見える。しかし早期の段階からいわゆるPCR検査数1日1万件ペースを達成していたイスラエルと、OECD加盟国のなかで最低水準といわれる日本の検査数とを比較すれば、単純に日本の感染率が低いという結論にはならない。検査をすればするほど、感染者が多く見つかっていくのは理の当然だからである。

 他方で、コロナ感染による死者数は、日本の場合、6月半ばで900人強と、相対的に少なく抑えられている。感染者数が実態を反映していないとしても、死者数は明らかに少ない。イスラエルでも死者300人程度と、周辺諸国や欧州と比較すれば有意に低い。周囲を海に囲まれた日本と異なり、アラブ諸国と陸で境を接しているうえ、ヨルダン川西岸やガザといった占領支配地を抱え込んでいるイスラエルでは、防疫・検疫等の対応は格段に困難をともなう。それでも、同様の困難を抱えるほかの近隣諸国と比較すれば、イスラエルが感染爆発を阻止し、医療崩壊を防ぎ、都市封鎖を最小限に止めることができているのは明白である。

 内戦や混乱の続くシリア、イラク、レバノンといった諸国の示す感染者数・死者数はまるで信用できないので、統計にそれなりの信憑性があると思われる近隣諸国の感染者・死者数を見てみると、表向きの数値ではトルコが17万人超(死者5,000人弱)、エジプトが3万8,000人超(死者1,300人超)、イランが18万人弱(死者9,000人弱)などとなっている。また、イタリア、スペイン、フランス、ドイツなど感染爆発を起こして膨大な死者を出している欧州諸国のなかでは、イスラエルと同程度の900万人弱という人口を抱えるオーストリアが相対的にコロナ対策に成功した事例と見られているが、感染者はイスラエルとほぼ同じ(1万7,000人)であるのに対して、死者は700人弱と倍以上になっている(数値はいずれも6月半ばの米国ジョンズ・ホプキンス大学コロナ集計ダッシュボードによる)。

 このように、国内で感染をいち早く制御下に置いたイスラエルであるが、当初は感染爆発がもっとも危惧された国の1つであった。昨春以来、1年間で3度にわたる総選挙が実施されても新政権が誕生せず、複数の疑獄事件の渦中にあって政治的正統性に乏しい現職のネタニヤフ首相が率いる暫定の事務管理内閣には強力な指導力を期待できなかったからである。実際、このパンデミックへの対策に先頭に立って指揮すべき保健相が、はやばやと夫婦で感染したことが発覚して隔離され、首相自身も罹患者との濃厚接触が疑われて自主隔離を始めるなど、3月後半から4月上旬にかけてはコロナ危機が深刻化した。とりわけ、4月前半にユダヤ教催事上、年間で最大級の祝祭「ペサハ(過ぎ越し)」にあたっていたため、政府は全土を段階的に封鎖(ロックダウン)するに至った。

(つづく)


<プロフィール>
池田 明史(いけだ・あきふみ)

 1955年生まれ。80年東北大学卒、アジア経済研究所入所。97年東洋英和女学院大学社会科学部助教授、2014年から同大学学長。専門は国際政治学、地域研究(中東)。
 著書多数。『途上国における軍・政治権力・市民社会――21世紀の「新しい」政軍関係』(共著、晃洋書房)など。

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