2024年05月15日( 水 )

脱・LDK化による日本家族の再編(3)

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 “家族”分野において、明治政府はドイツの制度を参考に「イエ制度」をつくり、戦後は民法改正などもあって、欧米の「核家族」をモデルに社会が組み立てられてきた。この核家族の器にあたる“住宅”づくりに大きく加担したのが、「土建モデル」の実行者である建設人たちだ。
 奇しくも“寅さんシリーズ”が終わったころから、日本経済はデフレ不況に突入した。1980年代までは世界中でもてはやされた「日本型経営」「日本型資本主義」が否定され、時代遅れなものとみなされるようになったなかで、反動的に競争礼賛の空気が蔓延していくことになる。

日本型少子化傾向のポイント

(1)将来の生活設計に関するリスク回避の意識

 現代の日本人の多くは、将来にわたって中流生活を維持することを至上命令にしている。出会いの時点で、老後の生活まで考えて行動する人が、かなりの割合で存在しているのだ。生活設計において「男女交際」「結婚」「出産」「子育て」「子の教育」、そして「子育て後の老後生活」の問題は独立した問題ではなく、相互に密接な関係をもったものとして意識されている。「子どもの大学費用が心配だ」という意識は、出産するときに考慮されるだけでなく、「奨学金を借りている人と付き合ってはいけない」という過剰な思想で「男女交際」にまで影響を広げている。

中級の暮らしが見せられているかどうか。
中級の暮らしが見せられているかどうか。

    欧米社会はそもそも転職が当たり前のように行われるので、「やり直しがききやすい」社会と言われている。転職はレベルアップを意味するように、離婚もまた再婚を目指して、お互いにとって良い相手を見つける新たなチャンスという意識が根底にある。日本社会ではいくら良いことでも、多数派から外れた行動をする人を評価しない。また、やり直しがききにくいとされる日本社会では、リスクはより避けられる。「空気を読む」というように、周りに合わせることが評価される“世間体社会”なのである。

 先進国のなかでも日本は、「貧しい生活をしている人が多い社会」だと言われ始めている。「意識は中流、でも現実には貧困と隣り合わせ」──これが日本の少子化の大きな原因だ。逆にいえば貧困が多いにもかかわらず、それを表に出さない人が多い。日本人のプライドは、“人から下に見られないこと”“中級の暮らしが見せられていること”に集約されている印象さえ受ける。

(2)「世間体」意識

 若者は結婚や子育て、そして老後に至るまで、「世間から見て恥ずかしくない生活」をしなければならないと考え、それが日本の少子化にも大きく影響している。世間体とは、家族、親族、友人などの自分の身の回りの他者が、自分に下すと思われる評価をいう。自分たちさえ良ければ、結婚、出産、子育てする、というわけにはいかない。結婚したら、そして子どもを産んだら、子どもを育てたら、子どもが大人になったら、世間からどのように見られるかを、常に意識して行動しなくてはならないのだ。その意識はSNSの普及で、現在ではより強くなる傾向にある。

 赤ちゃんの夜泣きに苦しめられる家庭は多い。とくに母親は昼夜逆転の生活を余儀なくされ、それでも日中の家事育児はこなさなければならない。近所付き合いや買い物、たまには息抜きや趣味もしたい。否応なく迫ってくる雑務の負担が重くのしかかり、一定水準の生活はしばらくお預けといった期間は、どの家庭にもある風景だ。そんな過酷な日々が、空間の秩序を乱していくことを嫌う若い人も多い。洗われない食器、溜まっていく洗濯、未開封の郵便物、徐々に整理整頓もままならず、やがて着るものや化粧さえも疎かに…。混乱した日常風景を充実した生活としてSNSに上げることができず、そんな想像をすると結婚に躊躇する。

 “インスタ映え”に象徴されるように、現代では家庭内にも「映えスポット」なるものをつくる。一時は広告主旨で設置された店舗の看板やカフェのスポット席などは、今や自宅の壁やテーブルにその機能を求められる。そう、家のなかが看板化してきているのだ。この承認欲求が、ある意味「少子化を加速させる小さな火種になっている」とは言い過ぎだろうか。「家庭内映えスポットの創造」「リモート中継の背景」「SNSで支持されやすいアイテム」など、パブリックに耐え得る私的な暮らしを無意識的に求められていると、過剰なプレッシャーが若者を苦しめる、そんな側面はないだろうか。プライベートを適度に閉じていく…。そんな救命措置が、必要な気さえしてくる。

パームビーチ・ザ・ガーデンズから砂浜に降りたところの壁面に描かれた天使の羽(引用:糸島市観光協会HP)
パームビーチ・ザ・ガーデンズから
砂浜に降りたところの壁面に描かれた天使の羽
(引用:糸島市観光協会HP)

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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