2024年05月13日( 月 )

脱・LDK化による日本家族の再編(2)

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 “家族”分野において、明治政府はドイツの制度を参考に「イエ制度」をつくり、戦後は民法改正などもあって、欧米の「核家族」をモデルに社会が組み立てられてきた。この核家族の器にあたる“住宅”づくりに大きく加担したのが、「土建モデル」の実行者である建設人たちだ。
 奇しくも“寅さんシリーズ”が終わったころから、日本経済はデフレ不況に突入した。1980年代までは世界中でもてはやされた「日本型経営」「日本型資本主義」が否定され、時代遅れなものとみなされるようになったなかで、反動的に競争礼賛の空気が蔓延していくことになる。

子の自立心が弱い

 福沢諭吉が明治時代、「西洋にあって東洋になきものは、有形において“数理学(統計学のこと)”と無形において“独立心”の2点である。/福翁自伝」と指摘していた。だから福沢はことあるごとに、日本人に自立心をもてと叱咤激励している。

 現実に日本では18~34歳の未婚者の約75%が親と同居している(出生動向基本調査/2015年)。とくに未婚女性の親同居率が高い(78.2%)。自分の収入が低くても、親が基本的生活条件を提供しているので、それなりの生活を送ることが可能なのだ。親からの自立が不要という意識の結果生じる「パラサイトシングル現象」が、日本の少子化の一因であり、欧米型の少子化対策が効果を上げない理由の1つなのだ。

親と同居する未婚者の割合(出典:国立社会保障・人口問題研究所)
親と同居する未婚者の割合
(出典:国立社会保障・人口問題研究所)

 日本の少子化対策が空回りしているのは、一部の人の意識や態度を多数派の意識であると勘違いしていたからかもしれない。人口学者のなかにも、1990年代の主流は「若者は、独身を楽しみたいがために結婚を遅らせているだけであって、いずれ結婚するはず」と推定していた。つまり「未婚化」ではなく「晩婚化」と判断し、結婚は「しようと思えば誰でも簡単にできるものだ」と考えていた節がある。「どんな条件でも愛があれば結婚するはず」「どんな条件でも子どもが好きなら産むはず」という、欧米中心主義的連想が垣間見える。たしかに欧米諸国では、そのような前提を置いてもかまわないだろう。しかし日本社会では、たとえ愛があっても、子どもが好きでも、経済的自立が整わなければ、結婚や出産に踏み切らない人が多数派なのだ。

欧米の子育て「成人まで」

欧米の子育てと日本の違いは…
欧米の子育てと日本の違いは…
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クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)

 前近代社会は農業を中心とした自営業者社会だった。子どもは家業の労働力として重要で、物心つけば家業の手伝いをさせられる。同時に跡継ぎでもあり、老後の生活の世話をしてくれる存在でもあった。つまり子どもは「生産財」と意味付けられ、親にとって「経済的に役に立つ」存在だった。

 欧米でも、「子育て自体が楽しい」「子どもを育てることが自分を成長させる」といった「使用価値」としての意味付けが中心と考えられるが、現代の日本では欧米的な意味ももちろんあるが、それ以上に「子どもをより良く育てる」、つまり子どもが社会からどう評価されるか(市場価値のようなもの)に関する意味付けが強いと考えられる。その結果、子育ての責任年齢に大きな差が出てくる。

 欧米では、子どもが成人すれば親の責任ははたされたとみなされる。そして親にとっての子育ての効用の大部分は、ここで終了する。親は原則、大学など高等教育費を負担しない。ヨーロッパ大陸諸国では、大学の授業料は極めて安価である。また、アメリカやイギリスでは、子どもが大学に行きたい場合は、原則自力で費用を工面する。高校時代にアルバイトで学費を貯めたり、(返済不要の)奨学金を得たり、学生ローンを組んだりする。それでも足りない分は親から借りるなどすることもあるが、それは親子間の愛情がないわけではない。別居している親子間のコミュニケーション頻度は日本以上に高く、夫婦と同じく愛情はコミュニケーションで表現し合うものと思われている。

 現代の日本では多くの親にとって、子どもの市場価値のほうが、使用価値よりも重要だ。子どもと楽しく遊んだり、子どもの成長を自分で楽しむことよりも、子どもを「より良く育てること」つまり、子どもの市場価値を高めることが重視される。人から評価される子どもの価値として大きい要素の1つが「学歴」、そして学卒後に続く職業ランクであり、また娘の場合はどのような職業ランクの男性と結婚したか、という体裁である。

 多くの親にとって、高等教育などの費用は親が負担するのが原則とみなされていて、その費用は相当高額である。さらに、子どもが高学歴を得られるように、進学や補習のための学習塾など、学校外での出費も大きく膨らむ。それは単に自分の子どもの価値を高めるという経済的意味だけではない。子どもに「将来より良い人生を送ってほしい」「みじめな思いをさせたくない」という親心にも裏付けられている。欧米と日本では、子への愛情の示し方が異なるのだ。日本では高等教育期間、そして子どもが成人した後も、子どもを支え続けることが求められると同時に、それが親の生き甲斐にもなっている。だから子どもの数を絞り、少数に集中的な投資を取らざるを得なくなるのだ。

<こんな考え方もある>

 里山の移住者たちは、子どもを大学に行かせることをあまり重視していない。「既存の大学教育に期待していない」からだという。親にとって大事な仕事は、子どもを大学に行かせることではなく、子どものもっている可能性、眠っている潜在能力が引き出されるような環境を用意することであるはずだ。そういう観点からすれば、幼少期に都市に住んで塾や習いごと、遊びはゲームの毎日より、山麓部に住んで森や山水の人々との濃い交わりのなかで生きることが、子どもの能力開発や心身の発達にとってずっと良いという親たちの、子育てや教育に対する考え方には一定の説得力がある。

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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