2024年04月29日( 月 )

歴史と住民でつくるべき「楽しい日本」のランドマーク(3)

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「敵」が明確だった昭和

闘う相手が明確だった昭和 pixabay
闘う相手が明確だった昭和 pixabay

    今の日本において、日本人が共通できる「道徳観」とは何なのか。それが次の日本の“カタチ”を決めるのかもしれない。少し前までは、わかりやすい「敵」が存在し、闘争(もしくは逃走)すべき相手がはっきりしている競争の時代だったといえる。たとえば、1960年代は学生運動が盛んで、全共闘世代を中心に、日本政府や大学を相手に闘い、変革を迫ろうという社会的な熱狂があった。

 社会に「穴」が多く、「ここを変えたらもっと世の中は良くなる」という改善点がたくさんあった。だから、それを変えていこうというムーブメントに参画することに、やり甲斐や意義を深く感じ、またそうした努力によって社会が良くなっていくことを実感しやすかった。70~80年代は、高度経済成長やバブル景気のなかで、人々は家電、自家用車、マイホームなど物質的な豊かさを手に入れること、受験戦争や出世競争に勝ち抜くことに必死だった。「競争に勝つこと」によって「物質的な豊かさを手に入れること」がある程度は約束されていたから、多くの人はそこを目標にしやすかったのだろう。豊かさを得るため、社会を良くするため、といった「目指すべき方向性」があり、人々はそこに向かって奮起し、目標を妨げる存在と闘い、努力することができていたのだ。

 しかし、高度成長期が終わり、バブルが崩壊した後は、努力によって物質的な豊かさが得られることが約束されなくなった。物質的な豊かさだけでは、すべてが満たされていくとは限らないこともだんだんとわかってきた。「寝食には事欠かなくなったけど、何かが足りない気がする」という現代的な苦悩が、徐々に主体になってきている。努力し、戦い、他人を蹴落としてまで物質的な豊かさを無理に追い求めることは、次第に敬遠されるようになった。

 費やす努力と、そこから得られる報酬(豊かさ)が釣り合わなくなってきたのかもしれない。そして、社会としても、個人としても、目指すべき方向性が見えにくくなってきて、出世に興味をもたない人、人生の目的や優先すべきことを見失う人が増えるのは、自然の流れのように思う。「目指すべき方向性が見えなくなっている」「闘うことの意義が失われている(闘ってもムダ)」という社会全体の変化が、ただ静かにあきらめる、無気力になる、引きこもるという、個人レベルでのストレス反応の変化に深く関わっている。

堺屋太一「三度目の日本」

『三度目の日本』 堺屋太一著
『三度目の日本』 堺屋太一著

    時代が変わり、行き場のないエネルギーを発散させるかのようなアクティブな非行・暴力・攻撃性は鳴りを潜め、いじめは陰湿化・オンライン化している。直接的にぶつかり合うような摩擦が減っていくことで、対人関係はより過敏になり、傷つきを恐れるようになる。

 闘ってもムダだし、怖いし、傷つきたくもないので、反抗せずに固まる・引きこもる傾向になっていく、というのは自然の流れだろう。もしかすると、昔は、大人や社会と正面からぶつかることで何かが変わっていくかもしれないという、ある意味での純粋さや希望があったのかもしれない。そうした希望がなくなり、ぶつかってもムダである、という「あきらめ」「無力感」という情操にたどり着いているのかもしれない。

 「何が美しいか」という美意識、「何が正しいか」という道徳観、価値観を構成するこの2つの意識が、この国の思想にあるだろうか。「価値観」とは、我々国民が総意として決めているのかもしれない。仮に白票を投じたとしても、それがその意思の表れとして世の中の方向性を決めているのだから。世の中の潮目を変えるには、大きな希望を語れるリーダーを探さなくてはならないのだろう。

 1945年の敗戦以降、戦後の価値観として、倫理があり、美意識があり、経済の仕組みがあり、社会の成り立ちがあった。しかし現在、それらは明らかに通用しなくなっている。戦後の価値観によって成り立っていた時代が、終わろうとしているのだ(正確には「終わらせられていない」ことに問題があるのかも)。日本はこの170年の間に、二度の敗戦を経験している。一度目は黒船がやってきて、開国を強いられた江戸時代末期。二度目は太平洋戦争に敗れた1945年。そして今、三度目を迎えようとしている。

 堺屋氏は、日本が目指すべきは「三度目の日本」だと言った。軍人と官僚が専制した“明治日本”が「一度目の日本」。「二度目の日本」は“戦後日本”で、規格大量生産で、官僚主導の日本だった。そして次に日本がやらなければならないのは、この官僚システムを壊すことだと語っている。「二度目の日本」は官僚主導体制で成功を収めたが、それが限界にきたのがバブルの形成と崩壊。次の時代の日本に、官僚制度は邪魔だというわけだ。堺屋氏が提案するのは、官僚制度ではなく、本当の主権在民を実現する『楽しい日本』なのだ。
 

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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