2024年03月29日( 金 )

すべての事件の原点は日馬富士暴行傷害事件から(3)

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青沼隆郎の法律講座 第15回

日馬富士事件における罠と切腹

 日馬富士事件は貴乃花親方による管理が不可能な深夜に、白鵬らモンゴル出身力士の会合の酒席で発生した。当初、事件は関係者全員の口裏合わせにより隠蔽されたが、貴乃花親方は貴ノ岩の不自然な態度から、頭部の重大な負傷を発見し、ただならぬ傷害事件の存在を察知し、直ちに警察に被害届出を出すよう貴ノ岩を説得した。自らも親方の保護責任の履行のため、同行支援した。

 世間の人々は貴乃花親方が親方の義務・責任として警察への届出を勧めたことを理解していない。貴乃花親方には巡業部長としての地位だけでなく、弟子に対する親方の地位があり、それは弟子にとって最善の権利保護の方法を実践することである。傷害事件の事実や証拠保全などについて最善の方法はいうまでもなく司法官憲への届出である。
 事件を受理し、捜査を開始した警察は捜査妨害や捜査の支障となるため、貴ノ岩および貴乃花親方に事件について第三者への口外を禁止した。これは警察が通常とる捜査上の当然の対応処置・手法である。
 警察は警察の独自の判断で、2日後、協会に日馬富士による貴ノ岩暴行傷害事件の存在を通知した。

 以上が、報道された事件の発生と捜査の端緒である。ただ、これらはすべて報道機関の報道による事実であり、協会がプレスリリースした結果ではない。
 民間と公を問わず、組織内(組織に属する人間の間)で刑事事件が発生し、それが、すでに司法官憲の知るところとなった段階において、その組織が司法官憲の捜査と独立に事件を捜査することなどあり得ない。ところが、協会は、危機管理委員会なるものを立ち上げ(すでに以前から存在していたのか正確にはわからない)、事件の捜査を開始した。

 これが、第一の罠である。まず、危機管理委員会は外部理事の高野利雄弁護士を委員長とする委員会であるが、その設置目的、その権限規定は公表されておらず、そもそも何の目的で調査を開始したかが不明である。結果論的にいえば、貴乃花親方(当時は巡業部長職)の報告義務違反、協力義務違反を認定して、理事降級処分の理由としたのだから、理事の業務執行における不正・違反行為の調査を行ったことは明らかである。しかし、これが明らかな権限踰越の法令定款違法行為であることは普通の人は知らない。
 公益財団法人においては、理事の不正行為の監督調査権は、理事会および監事にしかない。何の目的で設置したかわからないが、公益事業推進のために設置された執行委員会の1つに過ぎない危機管理委員会に如何なる意味でも理事の業務調査・捜査権はない。 
 貴乃花親方はもちろん、法令・定款の細かな規定の内容や、理事の権利が強力に保護されていることなど知る由もない。
 高野委員会の調査協力の要請に、当初、警察の第三者口外禁止の指導に従い、調査協力を否定していたが、そもそも高野委員会に暴行傷害事件の調査捜査権そのものがなく、調査要請そのものが違法であるから、協力する義務もない。
 しかし、貴乃花親方はすべてにおいて、まず人を疑うことをしない。それは相撲道においても奇策や変り身技を用いなかったことに通じている。正面から正々堂々と対峙することを旨としている。高野委員長には、貴乃花親方がその相撲道の信念から、人を疑うことなく、従って高野委員会に調査権限があるふりをすれば、それを信じて疑わないことを知っていた。

 しかし、高野委員会は決定的なことを見逃していた。貴乃花親方は信念も曲げないが、
 真実も絶対に曲げない。如何なる状況になろうとも、貴乃花親方が自分自身で感得見聞きした事実については絶対に妥協しないことを見逃していた。つまり、高野委員会の認定した貴乃花親方の報告義務違反、協力義務違反には具体的事実、つまり実態がないことを貴乃花親方自身が一番理解していたのであるから、それが、監督官庁への告発状というかたちで跳ね返ってくることを予想できなかったのである。

 高野委員会の報告に基づき決定された理事降格処分であるから、貴乃花親方には、詳細な具体的な法令・定款違反の指摘はできないが、理事降格処分が違法処分であることの本質は理解していた。本来ならこの時点で全面戦争が可能だったが、貴ノ岩が負傷休場した結果の降級処分は理事会の手のうちにあった。
 貴乃花親方は、貴ノ岩の番付という愛弟子の身分が人質となっている以上、これ以上の戦いを進めることは、弟子の将来を危うくすることを知り、状況の推移、とくに、貴ノ岩の負傷からの回復を第一義とする考えに変えた。筆者はこれを貴乃花親方の最初の愛弟子のための切腹と理解する。

(つづく)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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