わらび座ミュージカル「ジパング青春記」特設ページ
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2019年07月30日 09:36

「平成挽歌―いち編集者の懺悔録」(13)

 「ヘア・ヌード」という言葉を作ったのは私である。

 胸を張っていえることではないが、このジャパングリッシュを生み出したことで、現代だけでなく、ポスト、宝島(光文社から出ていた週刊誌。後に休刊)、アサヒ芸能、週刊大衆など多くの週刊誌が部数を伸ばし、平成9年(1997年)まで続く週刊誌第二期黄金期を迎えることになったと、自負している。

 また、この何の変哲もない言葉が、これまで先輩諸氏がやろうとしてなかなか果たせなかった「性表現の自由」を、一歩も二歩も前に進めたことを編集者として誇りにしている。

 先にも書いたように、樋口可南子、小柳ルミ子、講談社から私が出した、荻野目慶子や石田えりの写真集は、ヘア・ヌードと謳ってはいないが、美女たちのヘアを拝めたのである。

 映画『美しい諍い女』など、映倫の審査も少しずつではあるが、ヘアが写り込んでいるものも通るようになってきた。

 写真集は、売れたといっても30万部(それでもすごい数字だが)ぐらいだが、週刊誌は多いもので当時、70万部は出ていた。

 当然、取り締まる桜田門の見る目も厳しい。始末書どころではなく、全冊回収か最悪、発売禁止となるかもしれない。それほどの危険を冒してまでやる気はなかった。

 だが、売れ筋の写真集の宣伝を兼ねて、何点か写真を借りてきてグラビアページに掲載する場合、何とか読者に、ヘアが載っているかもしれないという「幻想」や「期待感」を抱かせたいという編集者の想いがある。

 そこで、フライデー時代は、例えば、「小柳ルミ子のヘアー付きヌード」などというタイトルを苦し紛れに付けていた。

 当時は、ヘアではなくヘアーと伸ばすのが普通だった。「ヘアー付き」というのがうるさい。そう思っていたのだが、他にいい言葉が見つからなかった。

 毎週、悩みながらも同じようなタイトルを付けていた。ある時、一仕事終えた深夜、原稿用紙を眺めながら、ヘアー付きヌードの間に中点「・」を付けてみた。

 「ヘアー・ヌード」、なんとなく収まりがいい。そういえば、最近は「ヘアスタイル」という表記も多くなってきている。「ヘア・ヌード」はどうだろう。口に出してみた。語呂はいい。

 だが、これで、このグラビアにはヘアが載っているかもしれないと、読者に思ってもらえるだろうか?

 しばらくノートに書き留めておいて“熟成”するまで置いておいた。3,4週間後にもう一度検討して、「これでいける」と決めた。

 最初にこの言葉が登場するのは、平成5年(1993年)の新年合併号である。コラム「LOOK」のページの小見出しに、「ダイヤモンド型に剃って……松尾嘉代49歳のヘア・ヌード」と入っている。

 表紙に大きく謳ったのは、それから5カ月ほど先になる。5月1日号の表紙に、「独占! カラー13ページ 新ヘア・ヌードの女王 杉本彩“衝撃の裸身”」と刷り込まれている。

 表紙も杉本彩である。見開きを多用した大胆な構図のグラビアページだが、ヘアはどこにも写っていない。

 すぐに他誌もこの言葉を使い始める。アサ芸、宝石などは、当初からかなり過激な写真を使ってグラビアを組んできたが、私は担当者に、「うちはヘアはなくていい」といってあった。

 桜田門がどう動くか、まだわからなかったからだ。

 おかしなもので、ヘア・ヌードという言葉が流行語のようになっていくと、名付け親ということもあるのだろう、現代も部数が伸びていったのである。

 当時は、宮沢りえを始め、「こんな美女が」という女優が次々に脱ぎ始めた。川島なお美、島田陽子、西川峰子から、素人のOLや女子大生もヌードになることを厭わず、週刊誌のグラビアページに登場するようになった。写真集は飛ぶように売れ、それを転載する週刊誌も売れ行きを伸ばしていった。

 女優を口説いて脱がせ、写真集を出版社に売り込んでプロデュース料をとる「ヘアの商人」なる者まで出てきた。

 河の水が、いったん堰が切れると奔流となって溢れるように、一つの言葉がものすごいスピードで人々の意識を変え、世の中を変えていくものだというのを目の当たりにした。

 当時は、各地の図書館からよく電話がかかってきた。現代を借りた人が、こっそりヘア・ヌードのページを切り取って持って行ってしまった。申し訳ないが、その号を無料で送ってもらえないかという相談だった。残部のあるものは送ってあげた。

 話題になる、部数が伸びるのはありがたいのだが、それにつれて世間からの批判も多くなってきた。

 中でも、子どもでも買うことができる一般週刊誌にヘア・ヌードを載せるとはと、朝日新聞を中心に、いわゆる良識派という連中が騒ぎだした。

 平成6年(1994年)、朝日新聞がメディア欄で、この風潮を批判した。まるで、昭和31年(1965年)に石原慎太郎が『太陽の季節』で芥川賞を取って太陽族という言葉が流行語になり、次々に太陽族映画が作られたときのような騒ぎになった。

 その時、婦人団体やPTA、教育委員会などから上映禁止運動が起こり、「もういい、慎太郎」などとお先棒を担いだのも新聞だった。

 朝日のインタビューも何度か受けた。訳知り顔の女性記者が、何でこのようなものを掲載しようと思ったのかと聞いてきた。

 私は、「ヘア・ヌードもニュースである」と答えた。「週刊誌、特に、現代は日本的な幕の内弁当的週刊誌である。あらゆる情報が一つの雑誌に載っているというスタイルは、日本にしかない。ヘア・ヌードも情報の一つだ」。記者は納得しない様子で帰り、「ヘア・ヌード現象」を批判する記事を書いた。

 良識派たちの批判はエスカレートしていった。それに便乗して、フライデー時代に揉めた宗教団体が便乗して、現代に広告を出しているクライアントに電話攻勢をかけ、「こんなヘア・ヌードの載っている雑誌に広告を出すな」という圧力をかけ始めたのだ。

 朝日新聞は、JALやANAに取材をかけ、機内で現代やポストを読んでいる客がいると女性客が迷惑する、今でいうとセクハラになるといい募ったのだ。

 JASが機内誌から2誌を外すといい出し、JALとANAもこれに追随した。総部数は8,000部程度だったが、今だったら致命傷になりかねない。

 だが、機内で読めないとわかった乗客たちが、空港の売店で2誌を買って、機内に持ち込むという現象が起こり、実損はほとんどなかった。

 心配だったのは、せっかくここまで来た「性表現の自由」が、朝日新聞を中心にした良識派のために潰される、後に引き戻されるということだった。

 それだけは絶対阻止しなければいけない。平成7年(1995年)の新年合併号の第2弾に、「ヘア・ヌード断筆宣言」という私の文章を見開きに掲載し、私の思いを書いた。抜粋してみよう。

 「小誌が命名した『ヘア・ヌード』という言葉がひとり歩きをして、ヘア・ヌード現象と呼ばれるようなブームを巻き起こした」として、「戦後50年近く『不変』だと思われていたもの」が変化し、「性表現の自由を阻んでいた壁がわずかずつですが開いてきました。この寛容が何に起因するのか、また、これがベルリンの壁のように崩れるのかはわかりませんが、その空気を読者の人たちに伝えようと、去年の夏から始めたのが、一連のヘア・ヌード特集でした」。大きな反響を呼んだが、「この突然やってきたヘア解禁時代に、一番戸惑っているのはわれわれ送り手側かもしれません」

 最近、新聞が「ヘア・ヌードの氾濫を憂う」という論陣を張り、ヘア狩りのような風潮が広がってきているが、性表現の自由のために戦ってきたのは、われわれの先輩出版人たちであった。何もしてこなかった新聞が、ようやくここまで来た性表現の自由を後戻りさせることだけはやめてほしい」と訴えた。

 これから小誌は、「ヘア・ヌードという言葉を以後、使わない」と高らかに宣言したのである。

 これからも「性表現の自由」のために戦うという、私の決意表明であった。

 以来、編集長を降りるまで、ヘア・ヌードという言葉を一度も使わなかった。

 現代やポストを始め、多くの週刊誌にヘア・ヌードの文字が今でも踊っている。

 惜しくも流行語大賞は逃したが、脈々とこの言葉は受け継がれている。編集者冥利に尽きる。

(文中敬称略=続く)

<プロフィール>
元木 昌彦(もとき・まさひこ)

ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任。講談社を定年後に市民メディア『オーマイニュース』編集長・社長。
現在は『インターネット報道協会』代表理事。元上智大学、明治学院大学、大正大学などで非常勤講師。
主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)『現代の“見えざる手”』(人間の科学社新社)などがある。

連載
J-CASTの元木昌彦の深読み週刊誌
プレジデント・オンライン
『エルネオス』メディアを考える旅
『マガジンX』元木昌彦の一刀両断
日刊サイゾー「元木昌彦の『週刊誌スクープ大賞』」

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