わらび座ミュージカル「ジパング青春記」特設ページ
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2019年08月06日 17:47

「平成挽歌―いち編集者の懺悔録」(14)

 その男は月刊現代編集部にノソッと入ってきて、ボソッといった。

「元木さんいますか」

 それが松田賢弥との出会いだった。先輩からの紹介だった。「記者をやりたい奴がいる。会って、使えなかったら断ってくれ」。業界誌をいくつか渡ってきたらしい。年は30代半ば。

 「あんた永田町は詳しいか?」と聞くと、まだ行ったことがないという。その時は、松田と組んで小沢一郎の連続追及キャンペーンをやることになるとは、思いもしなかった。

 昭和64年(1989年)、第1次海部内閣が発足し、竹下登、金丸信の推薦で47歳の小沢が最年少の自民党幹事長に抜擢された年だった。

 小沢を取り上げようと考えた。だが当時、小沢をよく知る政治評論家はほとんどいなかった。

 それでは、編集部で取材してまとめようと思った。松田は政治にはまったくの素人だった。心もとないが、まず動かしてみようと、いくつか取材先を指示した。

 後でわかるのだが、松田は岩手県奥州市(旧・水沢市)の出身だった。小沢の選挙区である。

 ズングリした体に、一年中黒のスーツ。俊敏さはないが、愚直に地を這うような取材をする。小沢の取材はものにならなかったが、以後、私のところで仕事をするようになった。

 私同様、酒が好きで、酔うと吉幾三の『酒よ』を東北弁で唄った。

 フライデーの編集長になった時、「専属でやらないか」と声をかけた。

 小沢の連載をやろうと考えていた。幹事長になった彼は、リクルート事件後初の総選挙で、大方の予想を覆して自民党を勝利させた。湾岸戦争が起きると、慎重論の海部を抑えて、自衛隊を派遣できる法案を提出させるなど、“剛腕”を発揮し始めていた。

 私は、小沢の「日本を普通の国にする」という考え方には危険なものが潜んでいると見ていた。この男が、これから何をするのか、チェックするのがメディアの役割だと考えた。

 フライデーで「今週の小沢一郎」という見開き連載を始めた。カメラマンと松田で、その週の小沢の動きを逐一追いかけ、写真を撮る。赤坂の料亭に入る小沢。国会で腕を組み前を睨んでいる小沢。ワシントンへ外遊した時は、ポトマック河畔の桜を愛でている小沢を撮った。

 毎号いい写真が撮れるわけではないが、できるだけ載せるようにした。小沢も気がついて、松田の姿を見かけると顔をしかめるようになった。

 平成3年(1991年)6月に小沢は狭心症で倒れ、日本医科大学付属病院に入院した。これがなければ、小沢総理が実現していたかもしれない。

 週刊現代編集長になるタイミングで、小沢が竹下派を脱退して羽田孜をかつぎ政界再編に動く。永田町が激動した時代の始まりである。

 金丸信が脱税で逮捕。宮沢内閣不信任案が衆議院で可決。小沢ら羽田派44人が離党し、新生党を結成。衆議院選で自民党が惨敗し、細川護熙を擁立した非自民政権が発足する。その年の12月に田中角栄が死去。

 激動の政治劇の真ん中にはいつも小沢がいた。小沢の動きをウォッチしていれば、政治がどう動くのかがわかった。現代で松田の署名で小沢の連載を始めていた。

 赤坂や向島の料亭で“密談”する小沢を追った。紀尾井町の料亭の若女将が愛人であるという確証を得た。彼女とは結婚するはずだったのに、水商売の女はダメだと角栄に反対され、泣く泣く別れたという話もつかんだ。

 松田の小沢を追う姿は、まさに「首輪のない猟犬」そのものだった。政治的野望、カネ、女を追いかけて、小沢の選挙区である岩手を何度も往復した。

 小沢は政権を手に入れた時、「開かれた記者会見にする」と宣言した。だが、現代だけは「出入り禁止」にした。

 講談社から出した政策本『日本改造計画』が大ベストセラーになった。小沢は、社の上の人間にこういったそうだ。「週刊現代、何とかならんかね」。小沢の意を受けて、私のところに件の人間が来た。

 私はいってやった。「小沢の本が売れたのも、うちが毎週小沢批判をしているからではないか。実態以上に大きく見せてやっているから、小沢も注目され、剛腕なんていわれるようになったんだ。感謝してもらいたいぐらいだ」

 しおしおと戻っていった。

 その後講談社は、小沢の本を翻訳して海外でも売りたいと思い、小沢に聞いたが、「これ以上は協力できない」と断られたそうである。

 平成6年には、ゼネコン汚職の火の手が永田町に広がり、中村喜四郎前建設大臣が逮捕される。小沢もゼネコンとの癒着が囁かれていた。小沢の関係者が事情聴取を受けたという情報も流れた。松田がその疑惑について書いた。すると、新生党から事実無根だと抗議文を送ってきた。

 私は、編集後記「音羽の杜から」でこう書いた。

拝啓 小沢一郎殿

 貴殿からの『抗議文』確かに受け取りました。(中略)文中に『小沢に対する明白な害意を持って書かれた』と弁護士の方が書いておられますのは誤解でございます。私どもは貴殿を畏怖こそすれ、害意など毛頭ございません。

 無節操でビジョンのないお殿様と政教分離できない宗教政党を操り、一党独裁体制を創ろうと、日夜謀を巡らしていらっしゃる貴殿のご努力には、日頃から敬服いたしております。

 これからも、その野望を貫き大願成就なされますよう、陰ながらお祈り申し上げます。なお、蛇足ではございますが、他のマスコミが貴殿の権力の前にひれ伏しても、私共は疑惑追及の手を緩めることはないことを、申し添えておきます。

週刊現代編集長 元木昌彦

 松田が、小沢に隠し子がいるという情報をもってきた。若女将とは別の女性が生んだという。その子供をどういう事情か、若女将が預かって育てているというのである。

 事実確認をしっかり取ってくれと松田にいった。時間をかけて取材し、当該の女性にも当たったが、何もいわなかった。男女の秘め事なので、絶対に間違いないという確証は得られなかった。

 松田が「99%事実だと思うが、1%が詰められない」と相談にきた。そして「やりますか?」と聞く。

 長い時間をかけて再度データを読み込み、長考した。そして松田にいった。

「やるぞ!」

 その記事が出た直後、週刊ポストの岡成憲道編集長と呑んだ。私より少し年下だが、編集者としても人間としても優れたものを持っていた。2人で、時には司会者の関口宏と一緒に、月に何度か呑んでいた。

 めったに声を荒げない男だった。その時は、「いくら公人とはいえ、隠し子までやるのはやり過ぎだと思う」と語気を強めて私にいった。「お前さんの気持ちはわかるが……」といい淀んだ。

 小沢からは何の抗議もこなかった。

 小沢はその後、民主党政権を作り、政権終焉まで剛腕を振るい続けた。

 当時、松田の年収は、週刊現代だけでも1,000万以上はあっただろう。

 小沢関連の本も講談社から何冊か出した。平成9年に私は現代を離れ、その後、子会社へ行き、平成18年に退職する。

 松田も、一時現代から離れ、週刊文春などで仕事を始めた。

 その週刊文春の平成24年(2012年)6月21日号に、松田の署名で「小沢一郎 妻からの『離縁状』全文公開」というスクープが掲載されたのである。

 小沢の妻が地元の親しい後援者に送った手紙を、その後援者のところに松田が日参して、やっと手に入れたものだった。

 そこには、福島第一原発事故の時、小沢が放射能が怖くて東京から逃げ出そうとしたこと、紀尾井町の愛人のことなどに触れ、「岩手や日本の為になる人間ではないとわかり離婚しました」と書かれてあった。

 しかもそこに、隠し子のことまで書かれ、「もう二十才をすぎました」とあるではないか。

 「三年つきあった女性との間の子で、その人が別の人と結婚するから引きとれといわれたそうです。それで私との結婚前からつき合っていた女性に一生毎月金銭を払う約束で養子にさせたということです」

 記事が出る前に、電話で教えてくれた。文春が発売された直後に会って2人で祝杯をあげた。

「まさかこういう形で、我々の取材が裏付けられるとは思わなかったな」

 2人の正直な気持ちだった。松田の酔いはいつもより早かった。その後、カラオケを歌いまくった。『ああ上野駅』『北酒場』『唐獅子牡丹』『兄弟仁義』、そして『酒よ』。松田と私は「戦友」だった。

 松田が2度目の脳梗塞で倒れたのは平成29年(2017年)2月のことであった。彼からよく聞き取れない電話がかかってきた。すぐに病院へ行くと、脳梗塞だという。医者から、明日手術をするといわれている。病気のせいだろう、よく聞き取れない。少し前に離婚し、女房も子供も出ていったという。

 一回目の軽い脳梗塞でタバコをやめていたが、また吸い出していた。酒は以前のようには呑まなくなったが、酔いも早くなった。

「手術が終わったら電話をくれ」、そういって別れた。

 電話はなかった。2、3カ月してからだろうか、週刊現代の人間から、池袋駅近くのリハビリ病院にいるという連絡が来た。

 久しぶりに会った松田は、手術前より口も体も動かなかった。絞り出すように「ありがとう」といった。

 何度か通った。もつれる舌で、もう一度取材をしたい、ライターとして書きたいものがあるといった。

 岩手には年老いた母親がいる。岩手で引き取ってくれないかと病院側が聞いたら、とてもそんなことはできないと母親からも、地元にいる兄貴からもいわれたそうだ。

 別れた妻子は、一度も顔を見せないという。生活保護で病院の支払いをすれば、手元にはほとんど残らない。

 可哀想だとは思うが、フリーのライターの末路はこんなもんだとも思う。何人ものライターたちのやりきれない死様を見てきた。何もしてやれない自分が情けなかった。

 松田の肩を抱き、「また一緒に仕事をしような」そういって別れた。その後の消息を、残念ながら知らない。

(文中敬称略=続く)

(次回は20日掲載予定)

<プロフィール>
元木 昌彦(もとき・まさひこ)

ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任。講談社を定年後に市民メディア『オーマイニュース』編集長・社長。
現在は『インターネット報道協会』代表理事。元上智大学、明治学院大学、大正大学などで非常勤講師。
主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)『現代の“見えざる手”』(人間の科学社新社)などがある。

連載
J-CASTの元木昌彦の深読み週刊誌
プレジデント・オンライン
『エルネオス』メディアを考える旅
『マガジンX』元木昌彦の一刀両断
日刊サイゾー「元木昌彦の『週刊誌スクープ大賞』」

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