2022年08月18日( 木 )
by データ・マックス

【八ッ場ダムを考える】長野原町ダム担当副町長に聞く〜ダムに水没した長野原町の苦悩と希望(中)

 八ッ場ダムによって、かつて川原湯温泉で賑わった1つのまちなみが水の底に姿を消した。ダムの犠牲になったのは、長野原町の川原畑、川原湯、林、横壁、長野原の5地区、340世帯だ。町では水没住民が中心となり、ダム建設反対運動が激化。1970年代には、ダム反対を掲げる町長が登場するなど、ダム建設は町を二分する深刻な問題と化した。その後、生活再建案が示されたことを機に、苦渋の選択の末、町はダム建設容認へと大きく舵を切ることになった。この苦渋の選択とはどういうものだったのか。群馬県長野原町の佐藤修二郎・ダム担当副町長に話を聞いた。

思いが伝わらない「脱ダム」の空気

 ――2009年になって、当時の国土交通大臣が八ッ場ダムの建設中止を表明しました。この表明について、町、住民は当時どのように受け止めましたか。

 佐藤 もの凄く不安を覚えました。八ッ場ダム建設がストップしてしまうと、町が合意していた生活再建対策もなくなってしまうからです。当時の国交相は「八ッ場ダムはストップするが、地元の生活再建はやる」とおっしゃっていましたが、ダムがストップすると、受益者が不在となり、生活再建の原資となる財源もなくなるので、「この発言には何の根拠もない」と考えていました。

 町職員にも「我々が望んでいた施設や橋などはもうできなくなるんじゃないか」という不安感が漂っていました。私自身、ダム対策課の職員として、当時は毎日のようにダムに関する会議に参加していましたが、「こんな会議をやっても無駄なんじゃないのか」という雰囲気を感じていました。半年ぐらい議論が進まなかった記憶があります。町としては、受益者である6都県に対し、国に八ッ場ダムの事業継続を求めるよう要望しました。何としても地元の生活再建を実現するよう、頑張っていたわけです。

 ――当時は「脱ダム」を良しとする世論が強かったと思いますが、そういった「時代の空気」がさらに不安を募らせたということはいえますか?

 佐藤 それはありましたね。ある県知事は「脱ダム」宣言を標榜していましたし、「コンクリートから人へ」をスローガンに掲げる政党もありました。

 民主党政権が誕生する1年前に、当時の鳩山由紀夫・民主党幹事長が八ッ場ダム現場を視察にきたのですが、その場で、我々に対して「ダムは止めます」といいました。「地元の人もダムを望んでいないことがわかった」ともいっていましたが、それは勘違いだと私は思っています。「我々の思いが伝わらない」「何か空気がおかしいな」という感じはありましたね。

マンパワー不足が生活再建の課題

 ――ダム中止表明から2年後に八ッ場ダムの事業継続となりましたが、2年間の中止によって、どのような影響がありましたか。

 佐藤 住民のなかには、ダム建設にともない、町外に転出された方々もかなりいらっしゃいます。当時の町の人口は7,000人ほどでしたが、そのうち900人ほどが転出されたと認識しています。もともと90戸あったところが、20戸になった地区もあります。

 事業継続が決まったとき、そういう方々は、すでに新しい場所で安定した生活を送っていました。一方、町に残った方々は、2年間の中止によって工期は伸びたし、ダム周辺ではまだまだ工事が継続中で、移転先となる代替地もまだ完成していないという状況にありました。「生活がまったく安定しないので、困っている。転出した人がうらやましい」というお話をよく聞きました。

 ――20年4月に八ッ場ダムが供用開始されました。その後、ダム周辺のまちづくりはどうなっていますか。

 佐藤 住宅や上下水道、道路などの生活再建策の多くの事業も完成しており、一般的なサラリーマン世帯の方々は、多くが安定した生活に戻っていると認識しています。ご商売をされている世帯の方々は、「ダムが完成したら、多くのお客さんが来る」ということで、いろいろご準備されていました。ただ、実際は、新型コロナウイルスの影響により、当初の期待より大幅にお客さんが減ってしまいました。これについては、町として何とも手の打ちようがない部分がありますが、以前と同様、温泉などをご利用いただけることなどについて、町外への情報発信に努めているところです。

 ただ、一番困っているのは、やはりマンパワー不足です。町では、地区ごとに区長さんがいて、地区単位で行政のさまざまなお手伝いをしていただいているのですが、ダム建設にともなう住民の転出によって、これが機能しなくなっている状況があります。消防団なんかは、とくに若い人が減って、地区ごとに組織できなくなっています。

 町では、地域や住民の交流促進、地域づくりや観光振興支援などを目的に、「(一社)つなぐカンパニーながのはら」を20年4月に立ち上げ、本当の意味での生活再建に取り組んでいるところです。

現在の川原湯温泉のまちなみ(写真提供:長野原町)

――まちづくりでは、交流人口、定住人口をそれぞれ増やすことが重要だと思いますが…。

 佐藤 水没関係地域に居住する場合、生活再建対策として整備した代替地に居住するしかありませんが、代替地の土地は町外の人間が購入することができません。土地は余っているのですが、定住人口を増やすのは非常に難しい状況です。水没関係地域以外にある空き家をリフォームして増やすしかありませんが、なかなか成果が上がっていないのが現状です。町としては、別荘購入の需要を視野に入れ、大規模な住宅改築ができるような施策にも取り組んでいるところです。

 ――引き続き、国や県などの支援が必要だとお考えですか。

 佐藤 そうですね。群馬県は、八ッ場ダム対応に特化した水源地域対策事務所という出先を設置しています。本来であれば、ダム完成にともない廃止される事務所ですが、これを残すという決断をしていただきました。町としては現在、この事務所に対して、受益者である6都県との子ども同士による上下流域交流について、年間を通して交流できるような仕組みを一緒に考えてほしいとお願いしているところです。

(つづく)

【大石 恭正】

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