2024年05月15日( 水 )

建築家とは何か(後)「箱」から「場」へ構造転換(1)

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 規律と秩序を保ち、社会との親和性を図る指南役として“建築家”は存在する。しかし今、彼らの力が社会的に弱まってきているようだ。設計者は何を考えているのか──都市を積み上げる実行者たちの働き方から、業界に存在する特殊なメカニズムの秘密に迫ってみたい。

懐かしき丁稚奉公

 建築設計の業界には、徒弟制度が強く残っている。建築家の卵たちは、師匠を捜して有名建築家事務所の門を叩き、かばん持ちのような軽作業から仕事が始まる。低賃金で長時間労働を続ける世界だ(料理人や美容師の世界も近いものがあるだろうか)。

 設計に限らず、建設業界は全体的に昔でいう“仕事は俺の背中を見て覚えろ”的な教育体質が根強い。“丁稚奉公とはそんなもんだ”とは言っても、現代社会は丁稚奉公で生活していくことは難しい。

 学生や新社会人がこの世界で続けるためには、実家暮らしか、潤沢な仕送りをしてもらえる家庭に在るしかない。つまり、高度な教育機関へ通える地域で育つか、裕福な家庭に生まれないと、丁稚奉公は現実的ではない。親に依存するしかないのだ。

 過酷な労働や働き方が、今の時代にそぐわなくなってきているのは事実だろう。無償で働く研修生が悲鳴を上げてSNSで不満をつぶやく、低賃金過ぎて志半ばで道をあきらめる。アトリエ系事務所を目指さず、組織系事務所やゼネコン設計部、メーカー企業で安定した給料をもらって設計の仕事に従事する「アノニマス設計者」を選択せざるを得ない者もいるだろう。

 そう、設計も芸能と似て、実力主義の社会なのだ。支持されることなくして、存続はあり得ない。余裕のない若者が、余裕のない生活のなかで自らの研鑽に努める。師匠の人脈を頼ってその後の受注を期待するような、そんな不安定な地盤になりつつもある。

 設計業は生産効率も低く、商品も少なく、高価格でもない。コピーできない一点物の建築に対して、かたちの残るものではない“線と紙(図面)”を成果物として献上し、報酬をいただく。「設計費は工事費に含まれているものでしょ?」と、小規模案件や名もなき建築家の商談では、そんな冗談も飛び交う。日本では“設計図”の価値が低いのだ。

世界一のレストラン閉店。

懐かしき丁稚奉公 イメージ写真:freepik
懐かしき丁稚奉公 イメージ写真:freepik

    2023年1月10日、コペンハーゲンのレストラン「ノーマ(noma)」が24年末で通常営業を終えると発表した。開業以来20年間、「世界のベストレストラン50」で5度の世界1位獲得、ミシュラン3つ星と華々しい称号を得ている。コロナ禍で2年間の休業期間を経ても、変わらず予約困難店のノーマが、「過酷な労働時間と激しい職場文化を持つ高級店は限界点に達している(“It’s unsustainable.<持続不可能>”)」と語ったという。ノーマをはじめ世界的な高級レストランでは、研修生を無給で受け入れている例が少なくない。実力がものをいう厨房では、能力が認められれば正社員になるのも不可能ではないが、彼らの多くは、草花をちぎったり料理のパーツをつくったりするだけという単純作業に従事することが多い。そして、その労働は無給かつ長時間で、ノーマの元研修生は仕事中に笑うことさえ禁じられていたともいわれている。

 彼らが無給の長時間労働をいとわないのは、有名店での経歴がその後の料理人キャリアで有利に働くからだ。いわゆる「入界金」(前編参照)なのである。高級レストランは人件費の割合が高い労働集約型産業であり、下ごしらえが細かく複雑であればあるほど、多くの人手が欠かせない。日本の高級レストランにおいても、ノーマのような無給の研修生こそいないものの、法定労働時間をはるかに超えた労働が常態化しているところは多い。創造性が必要な料理は、労働時間を度外視して情熱をかたむける必要があることが多いからだ。

 この「持続不可能」な労働の問題は、ノーマだけでなく、世界中の高級レストランが構造的に抱えているものであると同時に、創造性産業全体の問題となっている。設計業界も例外ではない。―逆にいえば、時短業務を要求される今の社会システムのなかでは、創造性産業において長時間労働ができないともいえる──。

 筆者も学生時代、名のあるアトリエ系事務所を訪ね歩き、アルバイトで雇ってもらった喜びも束の間、過酷な生活を送った経験がある。朝から晩まで建築模型をつくる生活で体を酷使した。「今は無理をしてでも耐える時だ。歯を食いしばって続けなければならない」と自分を奮い立たせ、社会とは断絶された世界で、独立を夢見てノウハウを吸収する。そんなサイクルを何度も乗り越えた。今は状況も変わっていると思うが、20年前にそんな世界でエネルギーを蓄えていたのを思い出す。

創造性産業が勤しむべき業務時間を獲ることができない課題 イメージ写真:freepik
創造性産業が勤しむべき業務時間を獲ることができない課題
イメージ写真:freepik

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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