2024年05月24日( 金 )

家事の伝承と「家」を考える(3)

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 かつて「家事のさしすせそ」という言葉があった。裁縫・しつけ・炊事・洗濯・掃除の頭文字を並べて家事の教えとしたものだ。家事の内容は時代や環境によって変わってきているが、炊事・洗濯・掃除は必要不可欠な生活の基本として、今も家事の中心に君臨し続けている。そんな家事にまつわる私たちの暮らしぶりを、少し紐解いてみたい。“家事”を観察することで、いかに今の生活が恵まれているのか、“家のこと”がよく見えてくるはずだ。

“調理”と家電ブーム

 大正期、電力会社は余剰電力を家庭用電熱として売るため、それまで輸入に頼っていた家電製品を次々と国産化させ、炊事の合理化を進めた。関東大震災(1923年)の多大な火災被害によって、電熱の安全性が見直されたことも家庭電化普及の後押しになった。

 30年には、国産第1号の電気冷蔵庫と電気洗濯機が登場。電気コンロ、トースター、ストーブ、扇風機、アイロンなど、基本的な家電製品もいっせいに出そろい、大正から昭和初期にかけて第一次家電ブームを迎えた。戦争によって一時中断はしたものの、戦後、昭和30年代に入ってから、本格的な家電ブームへと突入していく。

昭和の台所 JAF Mate onlineより
昭和の台所
JAF Mate onlineより

    56年、経済白書は「もはや戦後ではない」と宣言したが、住宅事情は別だった。空襲で210万戸の家が焼失し、国や地方自治体がつくった「戦災復興住宅」や「公営住宅」は需要に追い付かない。都市住民の多くは、バラックや木賃アパートで生活し、6畳一間に家族6人の生活などザラだった。そんななか、「住宅確保」を選挙公約に掲げた鳩山一郎の「第二次鳩山内閣」が発足。55年7月に日本住宅公団が設立される。戦後の住宅に大きなインパクトを与えた「2DK」の公団住宅が姿を現す。ダイニングキッチン(DK)という言葉は、日本住宅公団の造語だ。DKは13坪という限られた居住面積のなかで、食事室と寝室を別にする「食寝分離」と、親と子どもが別々に寝る「分離就寝」を実現するための苦肉の策だった。しかし、炊事場と食事室を一緒にし、テーブルと椅子を持ち込んだことで、結果的に台所の地位は大きく向上することになる。家屋の北側、薄暗くて湿っぽい場所が指定席だった台所を、南側に移動させ、一家団欒の場や客間として使える快適空間へと変貌させた。まさに「衛生面」を改良に載せた、家庭環境の変革だった。

システムキッチンの登場

 55年の流行語は「近代化」だったが、家庭の近代化、家事労働の省力化は「女性の解放」と「主婦の怠惰」という2つの側面をもたらすと考えられ、それが初期には経済的事情とともに、人々の家電購入を躊躇させていた。

 禁欲を解いたのは、61年の池田勇人内閣における所得倍増計画と消費美徳論だ。節約よりも消費が国家の繫栄に役立つというロジックは、主婦に消費者という新しいファクターを与えた。電気・水道・ガスが完備され、台所の土間が板の間となり、家電が導入され、集合住宅に住む者も増えた。食材の選択肢も豊富になった。家庭環境は衛生的な空間へと様変わりしていったのだ。農家出身で都会に住むようになった人が大量に生まれ、彼女たちはつくった食材ではなく買ってきた食材で調理をし、食卓を彩っていった。

 合理化志向が道具レベルから空間レベルに移行したのは、システムキッチン(SK)が導入された昭和50年代からだろう。SKは家事からの女性解放を目指してアメリカで生まれ、女性の社会進出にともなってドイツで普及した欧米型食体系のシステム。日本でも、一枚天板の美しさと収納性、機能的な機器が組み込まれたSKに、たちまち主婦の心は奪われ、以来キッチンの主流となって今でも使用されている。

日本初システムキッチンを開発したクリナップ クリナップ公式HPより
日本初システムキッチンを開発したクリナップ
クリナップ公式HPより

    当時の主婦にとって、主婦業は本業の「仕事」だった。戦中戦後生まれの彼女たちは、男女平等を謳う日本国憲法下で育った第一世代である。両性の合意で結婚し、新しい戸籍をつくった彼らは、家父長制のもとで家長が絶対権力者だった戦前世代とは違う。見合いにせよ恋愛にせよ、親の言いなりではなく自分の意志で相手を決めた自負を持つ人も多かっただろう。

 自ら選んだ結婚で、夫はお金を稼いで家族を養い、妻は家事と育児を受け持って家庭を支える「対等」な取り決めをした。だから、主婦業は分担した家庭責任であり、彼女たちの本職となったのである。同時に、重労働だった洗濯が機械任せとなり、食材を買って冷蔵庫で保存できる生活になる。インスタント食品やレトルト食品のような「食品の工業化」、電子レンジの登場とともに冷凍食品なども飛躍的に普及した。それとともに、炊事という家事も様変わりする。スーパーマーケットが食生活の流通やサービスを変え、まとめ買いと大量消費時代の幕開け。外食産業の台頭で外食の機会も増えた。

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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