2024年04月27日( 土 )

第11回「白馬会議」の講演録より「日本の技術劣国化からの脱出」(6)

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 途中、脱落や新規参入を繰り返しながらも、中小企業からなる「エコシステム」を構成したことで結果的にバリューチェーンが組み上がり成功であった。

 その秘訣は、ラボでの試作品を目指すのではなく、はじめから量産の姿を想定してバリューチェーンを組み立てて開発を行ったことである。

 結果として、生み出された量産の品々は、(1)電気伝導率、比強度、均質性が世界最高のCNTヤーンとそれを応用した繊維製品センサー、(2)熱可塑性樹脂だけを使って機械プレスで加工できる弾力性があり安価なCFRP代替製品のCFGP®、(3)ほぼ完璧な黒体で遠赤外線を放出し、最高温度600℃に達する面状発熱体、(4)面倒な前処理を行わないCNT樹脂コンポジットである。いずれも量産品がありそうで無かった製品である。

 これらの製品だけでも十分イノベーションといえるのだが、得られた技術を組み合わせることで鉄鋼製品を置き換える技術となることが判ってきた。すなわち3000年以上続いた鉄器時代に終止符を打つ材料の生産技術を萌芽させたのである。 

 この埼玉県知事が始めたプロジェクトはそれなりに発表を行ってきたことと、CNTヤーンは地銀の中小企業発明賞も受賞しているので秘密ではない。ところが、大手企業が真似しようとして取り組んでいるにもかかわらず数年経ってもできないという不思議な状況が生じている。中小企業から見ればリソースの豊かな大企業がすぐさま真似できないことが不思議なのである。成功の原因というにはおこがましいが、どの製品も各企業が長年あたりまえのように使っている技術を組み上げた「シナリオ」の結果といえる。もちろん、工程の前後の「接続」技術の開発をこまめに行ったことはいうまでもない。

 このプロジェクトから次のことが浮かび上がる。

(1)【エコシステム】 中小企業の保有するなかに破壊的イノベーションの要素技術が潜在している。

(2)【シナリオ】 各工程で必要な技術を有する企業を見つけ企業同士を結びつける。

(3)【出口の設定】大手企業や公的研究組織が注目するアプローチ以外に目を向ける。

(4)【秘策】下火になった研究開発や失敗に解決策が隠されていることが多い。

 つまり、かつての大田区、城東地区、東大阪といった中小企業の集積地のなかで行われていたことを行えばよいのである。昭和の時代と異なるのは、大手からトリクルダウン式に技術を降ろしてくるのではなく、水平分業を構築してそれを推進する旗振り役を定めることである。いまだに不思議なのだが、ナノ炭素という材料の世界では、大学発ベンチャー的な企業は、IT/AIやバイオとは大きく異なり、技術力不足であることが顕在化して脱落していくという悲劇である。

 結果的に埼玉ナノカーボンプロジェクトは鉄鋼産業を脅かす「天使と悪魔」に育ってしまった。当然、既得権者である鉄鋼産業は炭素材料技術を潰しにかかるだろう。しかし、技術はいったんできることが判ってしまうと歯止めが効かなくなる。このプロジェクトの成果は、今後10年以内に産業のパラダイム・シフトを招くだろう。

 本講演では、ソフトウエアであるIT/AIに偏っている現状とは趣をことにして、破壊的なことを招く材料分野のイノベーションを育むプラットフォームのあり方を検証する。材料のイノベーションは一般人の目にはわかりにくく、しかし、気が付くと社会そのものがすっかり違っているという変化、パラダイム・シフトを招く。今、水面下で静かに進んでいる材料の変革を見据えながら、技術劣国化への解決策を述べたいと思う。

(了)

<プロフィール>
鶴岡 秀志(つるおか しゅうじ)

信州大学カーボン科学研究所特任教授
埼玉県産業振興公社 シニア・アドバイザー

ナノカーボンによるイノベーションを実現するために、ナノカーボン材料の安全性評価分野で研究を行っている。 現在の研究プログラムは、物理化学的性質による物質の毒性を推定し、安全なナノの設計に関するプロトコルを確立するために、ナノ炭素材料の特性を調べることである。主要機関の毒物学者や生物学者だけでなく、規制や法律の助言も含めた世界的なネットワークを持っている。 日本と欧州のガードメタルナノ材料安全評価プログラムの委員であり、共著者として米国CDCの2010年アリスハミルトン賞を受賞した。
 埼玉県ナノカーボンプロジェクトのアドバイザーを通じてナノカーボン製品の工業化を推進している。

<学歴>
1979年:早稲田大学応用化学科卒業
1981年:早稲田大学修士課程応用化学
1986年:Ph.D. 米国アリゾナ州立大学ケミカルエンジニアリング学科

<経歴>
1986年:ユニリーバ・ジャパン(日本リーバ)生産管理
1989年:Unilever Research PLC。 (英国)研究員
1991年:ユニリーバ・ジャパン(日本リーバ)、開発マネージャー
1994年:SCジョンソン(日本)、R&Dマネージャー
1999年:フマキラマレーシア、リサーチヘッド
2002年:CNRI(三井物産株式会社)主任研究員
2006年:三井物産株式会社(東京都)、シニアマネージャー
2011年:信州大学(長野県)、特任教授

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