2024年05月03日( 金 )

【川辺川ダムを追う】川辺川ダム建設中止、決めたのは誰だ?(3)

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 「令和2年7月豪雨」により、熊本県南部を流れる球磨川が氾濫し、流域市町村で死者65名、9,000棟を超える家屋被害が発生した。球磨川は過去に何度も氾濫を繰り返してきた“暴れ川”だが、記録が残るなかでは、今回が過去最大級の水害だといわれる。球磨川の支流である川辺川では、1969年以降、総貯水容量1.3億m3を超える治水ダム「川辺川ダム」の建設が進められていたが、2008年に蒲島郁夫熊本県知事が「ダム建設計画の白紙撤回」を表明。09年にダム建設中止が決まった。

 以降12年間、国や県、流域市町村などは「ダムによらない治水」をめぐる検討を続けてきたようだが、実際に有効な治水対策が講じられることはなく、今回の水害を招いた。「ダム建設中止は、政策判断として正しかったのか?」「ダムによらない治水とやらは、なぜ実行されなかったのか?」「水害後も治水政策は変わらないのか?」――などいろいろと疑問が湧く。今回の水害を機に、川辺川ダム建設中止をめぐるこれまでの経緯などを追ってみた。

流域市町村の意見はバラバラ

 協議会には整備局長・知事・市町村長会議が設置され、16年からこれまでに4回開催されている。この会議には、蒲島知事を始め、流域市町村のトップが出席している。この議事録を見ると、これらの治水対策について、流域市町村から各者各様な意見が出されていた。

 主な意見をピックアップしてみると、人吉市からは、堤防のかさ上げや引堤に対して、まちの景観を損ねることを危惧する声が挙がった。遊水地については、「農家の理解を得られるか疑問」(湯前町)などの見解が示された。放水路に関しては、「効果はあるものの下流河川への影響が懸念され、地元の理解を得られるか疑問」(八代市)、「早期の対策が求められているなかで、現実的な対策にはなり得ない」(五木村)という否定的な意見の一方、「一番実現性が高いのではないか」(人吉市)、「洪水の調整機能としては非常に効果的で最も実現可能な方策」(相良村)という肯定的な意見もあった。

 各治水対策に対する流域市町村の立場は、自分の市町村への影響のあるなしによって、バラバラだ。すべての市町村が合意し、しかも有効な治水対策を選定するのは極めて困難な状況であることがうかがえる。この協議会は、ダムによらない治水が大前提になっているが、流域市町村の足並みがそろわないという点では、ダム建設のときと何ら変わらない。「船頭多くして船山に上る」状態が延々続いているわけだ。

遊水地イメージ(国土交通省資料より)

公共投資中止の失敗例になる

 ダムに頼らない治水の最大のネックは、コストのようだ。ある有識者によれば、各治水対策の総事業費、工期は次の通りになるという。

<引 堤>
 8,100億円、工期200年
<放水路>
 8,200億円、工期45年
<遊水地>
 1兆2,000億円、工期110年

 これらの数字については、有識者から「数字を盛っている」という指摘がなされている。200年におよぶ工期も非現実的で、たしかにこれらの数字を鵜呑みにすることはできない。ただ、いずれの治水対策を選択したとしても、川辺川ダムの総事業費約4,000億円と同等か、それ以上となる可能性は高いだろう。なお、すでに川辺川ダム建設中止までに約2,800億円が投資されたといわれている。ダム建設が復活した場合は、追加コストは単純計算で約1,200億円で済む。

 仮に、今後コストや工期がグッと抑えられる画期的な治水対策が浮上し、国土交通省と県、流域市町村などが事業着手に合意するとしよう。その場合でも、新たな予算(数百億円~数千億円)が必要になるわけだが、同じ目的のために2度も事業を実施するのは、二重投資にほかならない。こんな二重投資の要求に対して、緊縮財政原理主義の財務省が素直に首を縦に振る可能性は低い。川辺川ダムは、環境破壊以外にも、「税金ムダ遣い」などと批判され続けてきたわけだが、同じ流域の治水のために二重投資することこそ、税金のムダ使いではないのか。

 国土交通省や熊本県などは今後、ダムによらない治水の実現に向け、どういうロジックで予算要望するつもりなのだろうか。やはり災害復旧に絡めるしかなさそうだが、その際、「一番安いから、ダムにしろ」といわれたら、どう答えるのだろうか。

 発災後、蒲島郁夫・熊本県知事は「ダムによらない治水を極限まで考えていきたい」旨の発言をしたそうだ。極限という言葉の意味が、予算的、技術的な限界を指すのか、それとも自らの政治生命の終わりを指すのか定かではないが、なかなか含蓄のある言い回しだ。いずれにせよ、ダム建設中止の代償は、極限まで高くついた感が否めない。ある有識者は、「川辺川ダムは今後、公共投資中止の失敗例として語り継がれるだろう」とこき下ろす。

 そう考えると、今回の水害は「天災だから仕方なかった」では済まない。そこに重大な政策の判断ミスがあったという疑義があるからだ。この点、人災の可能性があるわけだ。政治は結果責任である以上、ダムを止めた後、次の治水対策を打てず、みすみす水害に見舞われた時点で、政治家としてはアウトだ。ただ、特定の政治家のミスだったと片付けることはできない。そういう政治家を選んだのは、社会の空気やメディアに踊らされたところがあったとしても、国民、県民、市町村民の民意なのだ。

(つづく)

【大石 恭正】

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