2022年05月17日( 火 )
by データ・マックス

「させていただきます」って、意味分かりますか?(前)

 「やらさせていただきます」。4月5日の国会で、菅総理の答弁中に使われた言葉だ(聞き間違えだといいのだが)。最近、やたら意味不明の敬語を乱発するのを見聞きする機会が多い。とくに、役所や社会福祉協議会など公的な部署での講演会やフォーラムなどで耳にする。「やらせていただきます」ではなく、「やります」でいいのではないか。なんだか、無理して住民にへつらい、へりくだっているように聞こえて不愉快になる。こうした「NG敬語」が普通に使われている現状を考察してみた。

NHKは「ら抜き言葉」を認知したのか

 言葉が時代と共に変化していくことは重々承知しているが、先日、NHKのニュースで、「生きれる」という「ら抜き言葉」がテロップで流されたときには、愕然とさせられた。それまでのNHKなら、インタビューされる側が「生きれる」といっても、テロップは「生きられる」と修正して流した。天下のNHKが認知したということは、「ら抜き言葉」は正常な会話として認知されたということなのだろう。しかし、筆者のような「古~い人間」には違和感しか残らない。

 コロナ禍が始まる前、入った料理屋で「本日の先付けの方は○○です」といわれて呆気にとられた。なぜ「本日の先付けは○○です」といわないのだろうか。「~方は」といわれると言葉が薄まり、「この料理屋は料理に自信がないんだ」と勝手に思ってしまう。「~の方」を乱発するのは見苦しい。

 世間には、「バイト敬語」というものが存在するらしい。居酒屋やコンビニのバイトは若い人が多く、普段、敬語というものを使い慣れていないため、「させていただきます」というような言葉を連発する。これらの言葉を使うのは客に対して失礼のない振る舞いだとバイトも思い、店長もそうするようにアドバイスするためだろう。ただし、気持ちの込められていない言葉を形式的に並べても、心の奥底にある「まごころ」は伝わらない。

会話ではなく、にこやかな「ひとり言」

 作家で演出家の鴻上尚史氏の『「空気」と「世間」』(講談社現代新書)のなかに、下記のことが述べられていた。

 この前、テレビを見ていたら、ジューサーミキサーを通信販売していて、紹介する女性司会者が、「今日は、新製品のジューサーミキサーを紹介させていただきます。では、早速、このオレンジをミキサーにかけさせていただいて……これをコップに注(そそ)がさせていただいて……飲まさせていただきます」と仮面のような微笑みで語っていました。

 どこまで「~させていただく」と言い続けるつもりなのでしょう。そこまで「世間」にへりくだって、息苦しくはないのかと、正面から聞きたくなります(この場合の「世間」は、テレビという性質上、不特定多数の「日本という世間」でしょう。もしくは、いつもテレビショッピングを利用してくれる「常連という世間」です)。もし、「世間」というものが人格をもっていたら、この女性司会者に向かって「ねえ、慇懃無礼(いんぎんぶれい)っていう言葉、知ってる? 馬鹿にしているでしょ」と突っ込むはずだと僕は思っています。

    「させていただきます」を連呼する人のことを、「本当に丁寧で礼儀正しい人だ」とは思わないだろう。鴻上氏はこれを「会話ではなく、にこやかな『ひとり言』なのです」と揶揄する。「~させていただきます」の連呼は、丁寧語どころか聞かされる方にとって、妙におちょくられている気がして不愉快になる。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(第98回・後)
(第99回・後)

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