2024年04月24日( 水 )

【鮫島タイムス別館(13)】広島サミットは平和のため?それとも首相の利益誘導?

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サミット関連工事で誤伐採された被爆樹木

 原子爆弾が78年前に投下された広島市では、爆心地から2km圏内で真っ黒に焼けただれながら枯れずに生き延びたイチョウやケヤキなどの樹木160本が「被爆樹木」として登録・保存されている。そのうちの1本のシダレヤナギが今春、県発注の工事で誤って伐採されてしまった。

 広島市内では5月19日〜21日に開催されるG7サミットに向け、景観や警備上の都合から道路を舗装し直したり、視界を遮る樹木を伐採したりする工事があちこちで行われている。そのなかで起きた悲劇である。

 広島サミットは瀬戸内海を見渡すリゾートホテルが主会場になるものの、G7首脳は市中心部に宿泊し、平和記念公園で献花する予定だ。リゾート地で開催された過去のサミット(2000年沖縄、08年北海道洞爺湖、16年伊勢志摩)と比べ都市部での要人警護やインフラ整備に投入される予算は膨れ上がった。昨夏の安倍晋三元首相の銃撃事件や今春の岸田文雄首相の襲撃事件を踏まえ、厳戒態勢はいっそう強まっている。

 G7首脳は宮島も訪れ世界遺産・厳島神社の大鳥居を背景に記念撮影することも予定されているが、その宮島では文化財保護法で定められた現状変更許可を得ないまま県道を舗装し直す工事が行われたことも発覚。自然公園の広場はG7首脳を迎えるヘリポートに改修された。文化や環境よりも景観や警備を優先した会場整備が、潤沢なサミット予算のもとで急ピッチに進められたのだ。

 私は4月下旬、警備や工事の関係者が押し寄せ「サミット特需」に沸く広島を訪れた。シダレヤナギが誤って伐採された場所へ向かい、爆心地に近い原爆ドームを取り囲むように点在する被爆樹木をめぐって歩いた。そこで知ったのは、被爆樹木はいずれも爆心地の方向に傾いて立っているという事実だった。原爆が炸裂した直後の熱風で焼け焦げた側の生育は止まったが、損傷の少ない反対側は被爆後も生育していく。だから被爆樹木たちは腰が曲がったように爆心地に向かって否応なく伸びていくのである。

 被爆樹木の歴史を調べると、さらに心が締め付けられた。広島では数十年は草木が育たないといわれるなかで被爆樹木はたくましく生き残ったのに、終戦後は街の復興の邪魔になるとして次々に切り倒された。醜い姿を見ると原爆を思い出すとして伐採された木もあった。本当の試練は終戦後にやってきたといえるかもしれない。一方で、被爆樹木から新しい芽が吹き出すのをみて、被爆して絶望していた多くの人々は勇気と希望をもち、自殺を思いとどまった者もいたという。

 原爆の恐ろしさを忘れてはならないとして被爆樹木を治療し保存する動きが始まったのは戦後50年が経ってからだった。すでに被爆樹木は160本ほどに減っていた。戦後78年の今年、原爆と復興の歴史の「生き証人」であるシダレヤナギが伐採されてしまったのは、悔やんでも悔やみきれない。

 160本には被爆樹木であることを告げる「名札」が取り付けられている。伐採した人は気づかなかったのだろうか。急ピッチで工事を進めなければならない慌ただしさのなかで見て見ぬふりをされたのだろうか。疑問は尽きない。

米国追従の岸田首相がヒロシマに相応しいメッセージを発信できるか

 ここには伐採した人の不注意に転嫁できない根源的な問題が潜んでいる。開催費用がかさむ広島にあえてサミットを誘致したのはなぜかということだ。

 広島開催を決断したのは、地元選出の岸田首相本人だ。昨年5月に訪米してバイデン大統領と共同会見した際、「広島ほど平和へのコミットメントを示すのにふさわしい場所はない」と表明した。実は7年前に安倍政権が伊勢志摩でサミット首脳会合を開いた当時、岸田氏は外相として外相会合を広島に誘致した。2度目となる地元誘致を「利益誘導ではないか」と指摘する声もあったが、ウクライナ戦争が勃発しプーチン大統領が核使用を示唆するなか、世界に通用する「被爆地ヒロシマ」の平和ブランドの前にそうした異論はかき消された。

 岸田首相が、いま広島でサミットを開く意義は「平和」の大切さを世界とともに再確認することにあると宣言し、「被爆地ヒロシマ」の78年間の歩みを世界に見てもらうことを最優先にサミット準備を進めるよう指示を徹底していたら、被爆樹木を誤って伐採するという本末転倒の悲劇は避けられたに違いない。

 被爆地の文化や歴史よりも警備や見栄えを優先する工事が相次ぐのはなぜか。広島サミットの理念そのものがあいまいだからだ。岸田首相は「平和」を口にするばかりで、ウクライナ戦争を長期化・泥沼化させてプーチン政権打倒につなげることを目論むバイデン大統領に追従しているに過ぎない。広島サミット議長国としてウクライナの停戦を主導する意思もみられない。今の様子では、広島開催は単なる「地元への利益誘導」とのそしりを免れないだろう。

 4月に私が訪れた原爆ドームや平和記念公園には実に多様な人種・民族の人々の姿があった。人類初の被爆地ヒロシマは世界の人々の心に響く平和ブランドであることは間違いない。米国に追従しウクライナ戦争への肩入れを深める岸田首相がG7サミット議長として、停戦を願う世界中の人々を落胆させるメッセージを広島の地から発信し、「ヒロシマ」ブランドを傷つけることがないよう願うばかりである。

【ジャーナリスト/鮫島 浩】


<プロフィール>
鮫島 浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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