2024年05月14日( 火 )

タワマンという住宅政策を考える【前編】(2)

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    タワーマンション(タワマン)は、一般に20階建以上の鉄筋コンクリート造の集合住宅のことをいう。垂直に空高く伸び、すばらしい眺望を手に入れることができるソレは、日本人を夢中にさせる。タワマンは日本人の新築信仰と、狭い国土によって生み出された現代における「バベルの塔」なのだろうか。

 今回、「新しいグランドデザインの建て付け」第3弾として、ハード政策を取り上げてみたい。環境に負荷をかける建築という構造物と、我々はどう付き合い、使って(もしくはつくって)いけばいいのだろうか。とりわけ“住む”という行為において、「垂直方向=タワマンの風景」と、「水平方向=部屋の間取り」から影響される課題について、考えてみたいと思う。

高額化してくる保守・維持費

高額化してくる保守・維持費
Blue in Winter... © Charlie_or_Y-N
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/

 都心の超高層住宅の適合層としては、①青年単身世帯、②老人単身世帯、③子どものいない夫婦世帯(DINKs)、④子どもが独立した夫婦世帯、などが挙げられる。実際、タワマンを購入しているのは主に「パワーカップル」と呼ばれる、共働きで世帯年収が1,400万円以上の人たちと言われている。居住者像は、地方出身者でビジネスにおいても一定の成功を収めたカップル。結果的にタワマンという住形態は、郊外や地方出身者の都心居住を強力に後押しし、局地的人口集中に拍車をかけた。
 タワマンの計画が浮上する際、土地取得という難題がある。多くの地権者は土地の所有権を、新しくできた住戸と交換するという交渉がなされる。この交換は一見すると、地権者はタダでピカピカのマンションをもらっているように思えるが、実際にはそれまで所有していた土地や家屋を失っている。築年数が古い戸建はすでに上物の価値が失われているからお得、と考えられるかもしれないが、以後は戸建のときには存在しなかった維持管理費や修繕積立金も毎月負担しなければならなくなる。大規模修繕の費用は1回目で一住戸あたり200~250万円程度が目安だと言われていて、2回目だと300万円以上になる可能性もあるという。昨今の建築コストの上昇で、その費用は上がり続けている。もし費用が足りなければ臨時に徴収することになってくるが、居住者が高齢化すればその負担は重荷となるだろう。

 築30年ともなると、区分所有者も高齢化してくる。年金暮らしになっている人も出てくるだろう。「大規模修繕のために一時金を各住戸〇〇〇万円ご負担ください」と3ケタの額を提示して、易々と応じてもらえるのか。また、そういうことは管理組合の総会で可決しなければならないが、何百世帯もの合意を得るのはなかなかに難しいだろう。仮に2回目を乗り切ったとしても、また15年後には3回目がやってくる。費用は2回目よりも高くなると考えるのが、ごく自然である。

 タワマン住民の関心事は「資産価値を守ること」だという。その資産を下げるわけにはいかないから当然、建物の維持管理を怠ることはできない。「資産価値に悪影響がある」という言葉は、いつかは売却しようと考えている区分所有者にとっては、ほとんど「脅し文句」となる。だから15年に一度の大規模修繕は、タワマンにとっては存続の必須条件なのだ。

 修繕の放置された住戸には、資産価値がなくなる。必要な補修工事が成されないことを理由に、管理費や修繕積立金の支払いを拒む人も出てくるかもしれないし、そんなマンションからは引っ越していく人も出てくるだろう。少なくとも住戸が余ってきているこの時代に、タワマンは築45年に向けて存続を試されている。

コストかかる「垂直移動」

 高層ビルは一度に多くの床面積を生み出すことができるため、土地利用率が上がる。限られた敷地のなかで多くの住戸がつくられることは、売主となるデベロッパーにとっては売上の増加につながり、住人が増えれば住民税などの税収も増えるから、自治体にとっては良い収入源となる。しかし、経済成長的なうまみがある反面、落ち着いた街並み、安寧な住環境、交通渋滞、広い空、子どもの教育環境など、失うものが大きいことも知っておく必要がある。また、身体や心理的な障害が浮き彫りになってきていることも見逃せない。

限界のタワーマンション 榊淳司

 地上から遠く離れ、人工的に制御された空間で過ごすことで、脳が退化してしまうというデータがある。たとえば1970年代のイギリスで取られ始めた統計では、4階建て以上に住む女性の流産率・死産率が上がるということもわかってきている。また、認知症が深刻化する確率、高層階に住むことによる孤独感から鬱化する確率が上がる。上り下りにコストがかかり、面倒くさくなって外に出なくなる。出不精による体力の低下やストレスの増加もある。気温・湿度が一定で、窓が開けられない無風の個室空間では、季節感がなく、無刺激症候群となってしまう…。

 アメリカでさえも都心のタワマンは多忙なビジネスマンが便宜的に住むための住宅で、子育てを行うファミリーは郊外のゆったりした庭付きの住宅に住むのが自然だ、という価値観が息づいている。

 しかし、日本ではタワマンで子育てをすることを躊躇しない人が多い。50階でも60階でもファミリーで住み、何の制限もなく子どもを育てることができるのだ。階層ヒエラルキーという実に不健全な価値観に晒される可能性もある。こうした価値観がはびこるタワマンでは、少なくとも子どもを育てることには注意されたい。

子育てに向かない?

 無刺激的な環境で、子どもの学力低下を心配する論調もある。出不精により外遊びのきっかけが減ってしまい、季節による表現に反応できなくなる。国語の読解力が落ち、人間関係による感情の表現が劣化する。集中力・持続力・合理的計算能力が相対的に落ちるということも、明らかになってきているという。

 タワマンに暮らす子どもは、外に出たがらない。小中学校の勉強の学びの根底にあるのは「自然」と「生活」だが、外に出るのが面倒な子は、実体験やイメージが乏しく、世界が広がらない。子どもは、自分が体験したことや見たものでないとイメージできないからだ。小学生の成績の伸び悩みは、子ども自身の能力よりも、環境によるところが大きいのかもしれない。自然に触れて伸び伸びと育てば普通に理解でき、身につけられる人間としての基本的な感覚を失ってしまっているとしたら、とても残念なことである。“タワマン”は、下界からの離脱が許された大人にとっての桃源郷…。親にとっては成功の証かもしれないタワマンだが、子どもが生活する環境としては不向きなのではないか。地上から遠い場所で育つことで、失われているものがある、環境から受ける代償が大きいことを、頭に入れておくべきだろう。

”タワマン”は子育てには向いていない?
都庁からの展望 © TsuruSho7
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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