2024年04月27日( 土 )

トライアルに見る近未来小売の方向性

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 小売業界はいまのところ値上げによる単価上昇で売上は何とか保持できているが、長くは続かない。オンラインや新タイプのディスカウントストア型SMの登場も加わって、厳しい商環境は新たな価格競争を招くはずだ。そんななかで注目されるのが、システムを含むモノの売り買いのプロセスを一体化しようとするトライアルの試みだ。近い将来の小売に対応するために個別企業という囲みさえも外すかもしれない。

世代交代と時代変革

 デパート事業の西武・そごうを手放したセブン&アイグループがとうとう祖業のGMSを捨てる。得意の改革でセブンイレブン並みの収益体質に転換するという鈴木敏文の20年に渡る試行錯誤も、日の目を見ることはなかった。昨年度の史上最高の売上高と利益は海外コンビニの大きな貢献で達成したもので、GMSの低迷は変わらなかった。創業家の思いの強さで店名と業態に固執したが、ついに諦めたということだろう。

 GMSに代わって新しく取り組むのが、SIP(シップ)というコンビニ、スーパーマーケット(SM)融合型の新タイプだが、それはどう見ても新たな戦略とはいえない。GMSの衣の部分を外注に任せた新たな小型SMをつくろうというもので、それはすでに手持ちのヨークベニマルとセブンイレブンの混合型をつくるということだ。そして立地、業態の面からもおそらく成功しない。両市場はすでに飽和状態にあるからだ。

 同じようにイオンも従来型売場のイメージチェンジを図る。首都圏の子会社SMの統合やドラッグストア、地方チェーンのM&Aなど、地域を跨いだ規模拡大もそれに加わる。今後の小売業がインフレと人口減に直撃されるだろう過酷な環境への必死の対応だ。

 小売業界はいまのところ値上げによる単価上昇で売上は何とか保持できている。しかし長くは続かない。年金生活者や低所得層は価格高騰を実感し、必ず買い控えるようになる。オンラインや新タイプのディスカウントストア型SMの登場も加わって、厳しい商環境は新たな価格競争を招くはずだ。

企業の枠が溶ける

 そんななか最近、奇妙なテレビコマーシャルを目にする。小売業「トライアル」のCMだ。商品名どころか価格さえ出てこない。そうした広告が消費者の興味を呼び、足を店に向けさせる効果は極めて小さい。対象範囲に消費者が入っていないという、過去に例のない広告だ。対象は異業態と自治体、メーカー、物流関係者だ。おそらく、同業者への発信も意図しているのだろう。

 このことは小売業にとって最も重要な商品や顧客の情報を公開、共有することを意味する。競争相手と同質競争をしながら、規模や価格、立地の面でより優位なポジショニングを確保するのが従来型であり、トライアルの試行は社名の文字通り本領発揮だ。

 問題はその取り組みへの共感がどれだけ拡がるかだ。それは現場情報の価値の共有であり、従来の常識の溶解だ。資本という単なる力の戦略から、それを含むすべてを投入し、共有する新たな小売の景色と表現するしかない。トライアルがもくろむのは流通業界全体を包み込む、枠に縛られない統合戦略だ。もちろん、新たな視点のショッピングゾーンといったデベロッパー機能も含む。そんな現在のトライアルをさらに深化させれば、代金の決済だけでなく、広告、自動発注、地域消費の詳細な把握、顧客の嗜好の追跡など広範な機能と情報を手にできるはずだ。

 戦後、我が国の小売業の目をアメリカに向けさせ、発展、改革を促したのは金銭登録機メーカーだ。長い間、お客と売り手は直接、代金の授受をしてきた。それに代わるシステムの登場がレジ機だ。売買を機械で記録することで、会計にともなうさまざまな不都合を回避し、効率化を実現した。この業界は今も小売業と密接に関わって進化を続けており、そこにもさらなる変化の波は押し寄せる。

イメージ    いま、人手不足と人件費の高騰により小売全業種でレジの自動化が進みつつある。典型的な例がユニクロのRFIDによる自動決済だ。複数の商品をカゴに入れた瞬時に精算する。お客は支払うだけで、レジ待ちの時間はないに等しい。レジ要員も不要だ。しかし、食品スーパーにとってのRFID導入にはコストの問題がある。1枚1円程度のバーコードシールに対して、RFIDのチップは10円近くする。単価と利幅の大きい衣料品ならよいが、低単価低利益の食品ではコスト負担が大きい。先進地アメリカでもすでにウォルマートがショッピングカート一括のRFIDの実証実験を始めたが、しばらくして中止したようだ。大きな問題が発生したものと推測されるが、何なのかは定かでない。

 トライアルの場合、今のところ、お客はスキップカートというショッピングカートとスキャナーをセットしたカートで商品をスキャンし、事前に登録したプリペイドカードで精算する。ユニクロのRFID並みの利便性はない。しかし、コストの問題はいずれ時間が解決する。そうなると、大幅な人件費抑制をもたらすRFID決済はSMの常識になるだろう。

 トライアルの戦略はAIも絡めて、大きく変化するだろう。近い将来の小売に対応するために個別企業という囲みを外す試みかもしれない。同社には店舗面積、業態への強いこだわりはない。システムとデータ、業態を包括する極めてユニークな発想だ。

 かつて、当時国内最大手流通のダイエーは相乗効果を期待できない業態、業界に進出し、すべてを失った。経営の範囲を拡げ、果敢に新分野に挑戦するのには勇気と決断力、先見性が必要だ。

 システムを含むモノの売り買いのプロセスを一体化しようとするトライアルの試みはもちろん、ダイエーの試みとは根本的に視点が異なる。その結果が具体的になるにはもう少し時間を要する。株式上場はトライアルの認知性をより高め、目的達成への強いブースターになるだろう。

【神戸 彲】

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