福岡を中心に九州エリア全域の地域ニュース、文化ニュース、スポーツニュース等を配信。
2026年9月29日 15:30
9月28日のNHK『クローズアップ現代』で、東武鉄道の事故が取り上げられた。あきれたことに「マニュアルすら守っていない」と報道された。
2026年9月29日 13:40
環境省の職員は、「裏磐梯の森」も「自然環境保全法の理念」もまったく理解していない。自然環境保全法は、「原始の森」の保全を主眼にしている。ヒトの手の入っていない森である。対照的に裏磐梯の森は「完全なる人工林」である。
2026年9月29日 11:10
NPO法人 福岡城・鴻臚館市民の会が主催する「第17期 福岡歴史観光市民大学」の第8回講座が、2026年9月7日(月)、福岡市民ホール小ホールで開かれた。今回は福岡商工会議所との共催による公開講座で、会員以外にも開放された。
2026年9月28日 13:00
福岡市中央区の唐人町商店街。その西側の入り口に「甘棠館(かんとうかん)Show劇場」がある。この劇場では劇団ショーマンシップの公演のほか、各種イベントが行われており、商店街や周辺地域の活性化に貢献するといった大きな役割を担っている。劇団の座長、そして商店街連合会の理事長として活動している仲谷一志氏に、劇団活動や商店街の在り方について聞いた。
2026年9月27日 06:00
福岡市在住の異色の芸術家、劇団エーテル主宰の中島淳一氏がこのほど『刹那のなかに永遠を生きる:─与謝野晶子に学ぶ「情熱」と「創造」の哲学─』をKindleで出版した。
2026年9月26日 06:00
これまで多くの学者がアイヌは12、13世紀頃にシベリア方面から進入してきた北方民族であり、縄文人とは関係がない、日本民族とは別民族だと捉えてきた。
2026年9月25日 14:30
和田越で敗れた西郷軍は、現在の延岡市北川町俵野へ退いた。西郷は可愛岳のふもとにある児玉熊四郎邸を本陣としたが、すでに周囲には政府軍の包囲網が迫っていた。
2026年9月24日 16:10
西郷隆盛を中心とする薩摩軍と明治政府軍が激突した1877(明治10)年の西南戦争では、鹿児島を発した薩摩軍は熊本へ進攻したものの、熊本城を落とすことができず、田原坂などで政府軍との激戦を繰り広げた。
2026年9月24日 15:50
現在の裏磐梯は、かつての輝きを失った。今、行っても感動などない。あるのは、かつての名声・残像だけである。草や木がボウボウの状態である。五色沼もため池のようである。ついには遊歩道にクマが出て、観光客を襲った。その原因は、どこにあるのだろうか。全5回で順に解明していく。
2026年9月24日 15:30
9月19日、明治安田J1リーグ第8節がベスト電器スタジアムで行われ、アビスパ福岡はサンフレッチェ広島と対戦。前半に2人の退場者を出す厳しい展開のなか、9人で広島の猛攻に耐え続けたが、後半23分に先制点を許し、0―1で敗れた。これで福岡は6試合勝利なしとなった。
2026年9月24日 12:05
朝鮮人差別が日本のそこここにあった時代だった。身体や異民族というハンデを乗り越え、不世出のバッターになった男がいた。
2026年9月22日 06:00
福岡市在住の異色の芸術家、劇団エーテル主宰の中島淳一氏がこのほど『天職は醒めることのない恋である:─牧野富太郎に学ぶ「情熱」と「使命」の哲学─』をKindleで出版した。
2026年9月21日 06:00
オノマトペとは、擬音語、擬態語をいう。「はらはら」「ドキドキ」のアレである。運営していた高齢者の居場所「サロン幸福亭」では、高齢者ゆえなのか話す言葉はオノマトペの連続。「ほら、ピカピカしているアレよ、アレ」「ギトギトしていたんだ」の例のごとく。
2026年9月18日 14:00
福岡市在住の異色の芸術家、劇団エーテル主宰の中島淳一氏がこのほど『我が人生に余生はいらない:―伊能忠敬に学ぶ「天命」と「挑戦」の哲学―』をKindleで出版した。
2026年9月17日 16:30
福岡市在住の異色の芸術家、劇団エーテル主宰の中島淳一氏がこのほど『ピカソを捨てた唯一の女:―フランソワーズ・ジローに学ぶ「自由」と「自我」の哲学―』をKindleで出版した。
2026年9月15日 15:00
今回は磐梯高原の秋の便りをお届けする。2026年9月13日、南麓の翁島(おきなしま)登山口から乳下(にゅうじた)台地に行ってきた。私の場合、山頂までの登山ではなく、若いころに地質調査で歩いた場所の現状確認である。それでも、いろいろなものに出会った。
2026年9月14日 17:10
NPO法人 福岡城・鴻臚館市民の会が主催する「第17期 福岡歴史観光市民大学」の第7回講座が、2026年8月31日(月)に開かれた。テーマは「三国志魏書東夷伝は何のために書かれたか」。
2026年9月13日 06:00
8月18日(火) ナツエビネ鑑賞の後、林道での休憩を終え、矢筈峠(903m)から登山口へ向かって下山した。矢筈峠は脊振山〜金山の縦走路と椎原登山口の分岐になる。









