福岡を中心に九州エリア全域の地域ニュース、文化ニュース、スポーツニュース等を配信。
2020年3月5日 15:44
福岡管区気象台の発表によると、この冬の平均気温は統計開始以降、最も高かったそうだ。福岡市のこの冬の平均気温は9.8度、昨季の暖冬を上回り、平均より1.9度〜2.4度高かったという。今年は山の春の訪れが早いのではないかと思っていた矢先の気象台による発表である。
2020年3月4日 11:39
リハビリ病棟に入院している由紀(仮名)に電話で状況を聞いたが、話をするのもやっとという感じである。まずは息が切れるので声が途切れる。
2020年3月3日 10:00
2月22日は「にんにんにん」で日本記念日協会に登録された忍者の日。この日、福岡に新たな忍者隊が結成された。
2020年2月28日 10:11
オヤジは家族のために一心不乱に働き、稼いできてくれた。帰宅は連日夜11時ごろ。オヤジのおかげで自分と弟は2人とも大学に通え、卒業できた。 オヤジは無骨といえば、それまでだが、台所回りの手伝いなどもしていた。
2020年2月28日 10:00
ところどころに残る雪を踏みしめ、アップ・ダウンを繰り返しながら、休憩地点となるビューポイントへと進む。ようやく小爪峠と金山の縦走路の中間点にある岩場のビューポイントに着いた。午後1時ちょうどだった。ここからは脊振山が一望できる。
2020年2月27日 17:14
2月21日(金)、「脊振の自然を愛する会」の会員Mを誘い、脊振山系:金山周辺の道標整備に出かけた。Mは私より年上で、かつてF大学の教授をしていた。
2020年2月27日 07:00
久人(仮名)は76歳(2016年)から79歳までの間、胃癌および肺癌、残胃癌、右肺縫縮術の手術を行い(傷病歴参照)入退院を繰り返す日々だった。彼の唯一の楽しみは趣味の将棋を小学生に教えることだった。さすがに2018年の手術後は、気力を失い、将棋を教えることも中断してしまった。久人にしてみれば、これが人生最後の楽しみだったのかもしれない。
2020年2月26日 14:07
東京都千代田区にある福岡県のアンテナレストラン「福岡料理と旬の味 福扇華(ふくおか)」では、福岡県産の食材をふんだんに使用した料理の数々のほか、物販スペースや最大60名を立食で収容できるレセプション会場を兼ね備えており、さまざまな用途で利用できる施設として注目を集めている。
2020年2月26日 10:00
由紀(仮名)は残された人生に悔いを残さないよう可能な範囲で旅行(海外旅行主体)を楽しんでいたが、左肺に癌を発症した9年後、今度は右の肺に癌が見つかり手術した。由紀は左右両方の肺を手術したにもかかわらず、日常生活はそこそこ元気に過ごしていた。
2020年2月25日 13:45
久人・由紀(仮名)夫婦はかつて、東京で開催された県人会で知り合った。その後、久人の押しの一手で由紀の家族を説得して結婚したそうだ。由紀が1つ年上という姉さん女房だった。
2020年2月25日 10:16
女子サッカーチーム「みやきなでしこクラブ」のセレクション(入団テスト)が2月24日、佐賀県みやき町の三根運動場で開催された。
2020年2月21日 16:56
「第10回日本山岳遺産サミット」が2月15日(土)、東京都千代田区一ツ橋にある一橋大学講堂で開催された。日本山岳遺産サミットとは、2019年度の日本山岳遺産認定地の活動発表、既認定地、関係者、登山愛好家、報道関係などが一同に会し、日本各地の山への思いを語る会。
2020年2月21日 09:30
運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)で、新年をはさみ2件の常連客を亡くした。1人は82歳の男性Sさんで、死因は血液のガン。もう1人は77歳の女性Eさんで、喉に食べ物を詰まらせたのが原因。
2020年2月21日 07:00
「画期的判決」が出た翌10年の観光客数は、前年から約57万人増の240万6,000人を計上しているが、翌11年はその反動か、約44万人も減少し、196万5,000人にまで下落。「鞆の浦」でロケをした連続ドラマ『流星ワゴン』が放送されるなどした15年には、再び観光客数が236万4,000人へと激増している。
2020年2月20日 15:54
福岡ソフトバンクホークスは本日20日から、新型コロナウイルス感染予防のために選手によるファンサービスを当面の間、自粛する。ファンサービスの内容は、サイン、ハイタッチ、握手、写真撮影、プレゼントの受け渡しなど。
2020年2月20日 15:20
運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)で、新年をはさみ2件の常連客を亡くした。1人は82歳の男性Sさんで、死因は血液のガン。もう1人は77歳の女性Eさんで、喉に食べ物を詰まらせたのが原因。突然の訃報に来亭者の多くが呆然とするありさま。
2020年2月19日 12:00
石田弘次郎(仮名)は、2018年(平成30年)9月23日、83歳だった父・弘を看取った。その後、弘次郎自身も病を患っていたことがわかった。長年の看護・介護疲れが影響したのかもしれない。
2020年2月19日 09:45
18日午後3時頃の東京駅構内の様子である。1日あたりの乗降客はJR、東京メトロなどを合わせると優に80万人を超え、昼夜を問わず人が行き交う巨大ターミナル駅の1つ。平日昼下がりにもかかわらず、スーツを着たビジネスマンだけでなく、一般の旅行者やスーツケースを手にした外国人観光客の姿をよく見かけた。
2020年2月18日 11:30
石田弘次郎(仮名)の姉は、母の葬儀後、すぐ東京に戻った。前回記したように、姉は母の遺品整理で「金目」のモノは自分が引き取った。つまり「カネ」のためのみに遺品整理を行った。そして姉は、自分の用事が済むと、弘次郎と今後のことなどについて話し合うこともなく、自身の所帯がある東京に帰ったのである。








