2022年07月08日( 金 )
by データ・マックス

福岡 歴史

 福岡の各街の歴史を経済の面から解説。
工業都市からスーパーシティへ、九州2位・北九州市の栄枯盛衰(7)
工業都市からスーパーシティへ、九州2位・北九州市の栄枯盛衰(7)
旧五市の流れを汲む区ごとの地域特性をもち、それぞれに特徴的なまちづくりが進んでいる北九州市だが、市単独だけではなく、近隣都市との連携による広域的な活性化にも取り組んでいる...
スーパーシティ候補地 北九州の歩み|まちづくりvol.37 九州 歴史 北九州 まちづくり 北九州
工業都市からスーパーシティへ、九州2位・北九州市の栄枯盛衰(6)
工業都市からスーパーシティへ、九州2位・北九州市の栄枯盛衰(6)
北九州市の北部、九州の最北端に位置し、関門海峡を挟んで下関市と向かい合う門司区は、古くより九州の陸の玄関口として位置づけられてきた。近年では門司港駅を中心とする門司港エリアは...
スーパーシティ候補地 北九州の歩み|まちづくりvol.37 九州 歴史 北九州 まちづくり 北九州 コストコ
工業都市からスーパーシティへ、九州2位・北九州市の栄枯盛衰(5)
工業都市からスーパーシティへ、九州2位・北九州市の栄枯盛衰(5)
八幡東区は、官営八幡製鐵所の操業以降、製鉄業で栄えてきたまちで、今なお“ものづくりのまち・北九州”のシンボルとして東田第一高炉跡が屹立するほか、15年に世界遺産登録された「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産もいくつか存在...
スーパーシティ候補地 北九州の歩み|まちづくりvol.37 九州 歴史 北九州 まちづくり 北九州 コストコ
工業都市からスーパーシティへ、九州2位・北九州市の栄枯盛衰(4)
工業都市からスーパーシティへ、九州2位・北九州市の栄枯盛衰(4)
前述の通り五市が合併して誕生した北九州市は、規模は異なるものの旧五市それぞれに中心市街地をもち、合併から半世紀以上経って今なお、それぞれの地域性が大きく異なるという特徴をもっている...
スーパーシティ候補地 北九州の歩み|まちづくりvol.37 九州 歴史 北九州 まちづくり 北九州
工業都市からスーパーシティへ、九州2位・北九州市の栄枯盛衰(3)
工業都市からスーパーシティへ、九州2位・北九州市の栄枯盛衰(3)
前述のように激しい空襲被害によって市街地が焼け野原になりながらも、戦後の北九州エリアは急速な復興・発展を遂げていくことになる。それを支えたのは、八幡製鐵所の存在だ...
スーパーシティ候補地 北九州の歩み|まちづくりvol.37 九州 歴史 北九州 まちづくり 北九州
工業都市からスーパーシティへ、九州2位・北九州市の栄枯盛衰(2)
工業都市からスーパーシティへ、九州2位・北九州市の栄枯盛衰(2)
明治期に入ると、1871(明治4)年7月の廃藩置県によって小倉藩が「豊津県」となった。その後、同年11月には第1次府県統合によって豊前国一帯が「小倉県」となり、76年2月、福岡県に編入された...
スーパーシティ候補地 北九州の歩み|まちづくりvol.37 九州 歴史 北九州 まちづくり 北九州
工業都市からスーパーシティへ、九州2位・北九州市の栄枯盛衰(1)
工業都市からスーパーシティへ、九州2位・北九州市の栄枯盛衰(1)
九州および福岡県の最北端に位置し、関門海峡を臨んで「九州の玄関口」として栄えてきた歴史をもつ北九州市。1963年2月に五市(門司市、小倉市、若松市、八幡市、戸畑市)が対等合併して生まれた...
スーパーシティ候補地 北九州の歩み|まちづくりvol.37 九州 歴史
来春、青果市場跡地再開発が完了「博多SOUTH」はどう変わるか!?(4)
来春、青果市場跡地再開発が完了「博多SOUTH」はどう変わるか!?(4)
終戦後、席田飛行場は米軍によって接収され、在日米軍板付基地(板付飛行場)となった。朝鮮戦争が勃発した際には、日本国内における最前線基地として、同基地から朝鮮半島に向けて米軍の航空機が出撃...
コロナ禍で問われる観光立国|まちづくりvol.36 九州 歴史 福岡 青果市場跡地
来春、青果市場跡地再開発が完了「博多SOUTH」はどう変わるか!?(3)
来春、青果市場跡地再開発が完了「博多SOUTH」はどう変わるか!?(3)
7世紀ごろの飛鳥期には、博多の港から地方行政機関「大宰府」に向けて伸びる古代の官道が整備された模様で、今の九州管区警察学校(板付6丁目)付近からその痕跡が見つかっている...
コロナ禍で問われる観光立国|まちづくりvol.36 九州 歴史 福岡 青果市場跡地
来春、青果市場跡地再開発が完了「博多SOUTH」はどう変わるか!?(2)
来春、青果市場跡地再開発が完了「博多SOUTH」はどう変わるか!?(2)
古代~中世の福岡・博多は、冷泉津と呼ばれる博多湾の入り江が深く湾入しており、現在よりもずっと内陸側に海岸線が食い込んでいたとされている...
コロナ禍で問われる観光立国|まちづくりvol.36 九州 歴史 福岡 青果市場跡地
来春、青果市場跡地再開発が完了「博多SOUTH」はどう変わるか!?(1)
来春、青果市場跡地再開発が完了「博多SOUTH」はどう変わるか!?(1)
福岡市博多区那珂の青果市場跡地で、大規模な工事が着々と進んでいる...
コロナ禍で問われる観光立国|まちづくりvol.36 九州 歴史 福岡 青果市場跡地
西鉄高架化、駅前再開発も控える 住宅都市・春日&大野城の今昔(5)
西鉄高架化、駅前再開発も控える 住宅都市・春日&大野城の今昔(5)
そんな両市で現在、とくに注目を集めている大型プロジェクトが、「西鉄天神大牟田線連続立体交差事業」――通称“高架化”だ...
住宅都市 春日 大野城|まちづくりvol.33 九州 歴史
西鉄高架化、駅前再開発も控える 住宅都市・春日&大野城の今昔(4)
西鉄高架化、駅前再開発も控える 住宅都市・春日&大野城の今昔(4)
戦後の福岡市の復興・発展にともなう近郊のベッドタウン化は、春日・大野の両村にも押し寄せ、国道や鉄道に沿って住宅団地が開発されて人口が急増。50年10月に大野村が大野町に、53年1月に春日村が春日町になったほか、72年4月には市制施行により、現在の春日市と大野城市が誕生した...
住宅都市 春日 大野城|まちづくりvol.33 九州 歴史
西鉄高架化、駅前再開発も控える 住宅都市・春日&大野城の今昔(3)
西鉄高架化、駅前再開発も控える 住宅都市・春日&大野城の今昔(3)
明治期になっても、大部分は純農村だった春日村および大野村だが、交通インフラの開通とともに、急激な変化が訪れることになる。まず、1889年12月に九州鉄道の博多~千歳川仮停車場間が開通...
住宅都市 春日 大野城|まちづくりvol.33 九州 歴史
西鉄高架化、駅前再開発も控える 住宅都市・春日&大野城の今昔(2)
西鉄高架化、駅前再開発も控える 住宅都市・春日&大野城の今昔(2)
8世紀以降の平安期になると、大陸と日本とを結ぶ貿易拠点都市・博多と、九州における政治の中心地であった遠の朝廷・大宰府を結ぶ中間地に位置していたことで、春日市域や大野城市域でも土地の争奪戦が繰り広げられ、たびたび領主が変わっていったとされている...
住宅都市 春日 大野城|まちづくりvol.33 九州 歴史
西鉄高架化、駅前再開発も控える 住宅都市・春日&大野城の今昔(1)
西鉄高架化、駅前再開発も控える 住宅都市・春日&大野城の今昔(1)
福岡市の南東部に隣接し、ともに福岡都市圏におけるベッドタウンとしての発展を遂げてきた春日市と大野城市。ともに1972年4月に市制施行した両市は、市の人口規模も春日市11万3,291人、大野城市10万1,826人と同程度で...
住宅都市 春日 大野城|まちづくりvol.33 九州 歴史
ダイバーシティのまち 住吉・美野島がたどってきた歴史(6)
ダイバーシティのまち 住吉・美野島がたどってきた歴史(6)
54年には前出の日本ゴムの福岡工場が、久留米工場への集約のために閉鎖。このとき、地域の空洞化を懸念した福岡市などにより、新たな企業の招致活動が行われた。その結果、松下電器産業(株)によって55年12月に九州松下電器(株)が設立...
歴史と商業、観光のまち住吉 レトロな商店街のある下町 美野島|まちづくりvol.32 九州 歴史 有澤建設
ダイバーシティのまち 住吉・美野島がたどってきた歴史(5)
ダイバーシティのまち 住吉・美野島がたどってきた歴史(5)
11年10月には、市内を走る路面電車「博多電気軌道」(現在の西日本鉄道の前身の1つ)の循環線が開業。このとき、「住吉町二丁目」「住吉宮前」「蓑島」の3駅がエリア内に開業し、駅周辺の都市化が進行していった...
歴史と商業、観光のまち住吉 レトロな商店街のある下町 美野島|まちづくりvol.32 九州 歴史
ダイバーシティのまち 住吉・美野島がたどってきた歴史(4)
ダイバーシティのまち 住吉・美野島がたどってきた歴史(4)
明治期になると、1889(明治22)年4月の町村制施行によって、住吉村は東中洲の一部を除いた春吉村と合併し、「那珂郡住吉村」となった。その後、96年2月に那珂郡が御笠郡および席田郡と合併して「筑紫郡」となり、1911(明治44)年6月には町制施行によって住吉村が「住吉町」へと変更...
歴史と商業、観光のまち住吉 レトロな商店街のある下町 美野島|まちづくりvol.32 九州 歴史
ダイバーシティのまち 住吉・美野島がたどってきた歴史(3)
ダイバーシティのまち 住吉・美野島がたどってきた歴史(3)
中世以降の住吉神社は、「筑前国一宮」(現在の福岡県西部エリアのなかで、最も社格の高いとされる神社)としての位置づけにあったとされており、日本史の教科書などでお馴染みの元寇の様子を描いた鎌倉時代後期の絵巻物「蒙古襲来絵詞」のなかにも、住吉神社の朱塗りの鳥居が描かれている...
歴史と商業、観光のまち住吉 レトロな商店街のある下町 美野島|まちづくりvol.32 九州 歴史